グローバル事業支援

海外営業・マーケティングコラム

2026-01-07

ベトナム工場新設、受注率を最大化する「アプローチの逆算」タイミング

グローバルサプライチェーンの再編において、ベトナムは東南アジアにおける製造拠点として重要な地位を確立しています。多くの日本企業が「チャイナ・プラス・ワン」の枠組みを超え、中長期的な生産戦略の一環としてベトナムへの投資を継続しています。しかし、この商機においてサプライヤーが陥りやすいのが「アプローチの遅れ」です。本記事では、企業の意思決定プロセスから「逆算」し、受注率を最大化するために不可欠な接触タイミングと、戦略的な営業アプローチの要諦を詳説します。

投資環境の変化:
ベトナムが「戦略的拠点」として選ばれ続ける理由

日本企業にとって、ベトナムはもはや一時的な「安価な労働力の供給源」という枠組みを超えています。2025年11月に公表された最新のJETRO(日本貿易振興機構)「海外進出日系企業実態調査」によると、ベトナム進出企業の約48.2%が「今後1〜2年で事業を拡大する」と回答しています。前年度の56.1%と比較すると数値は落ち着きを見せているものの、ASEAN主要国の中では依然としてトップクラスの拡大意欲を維持しており、投資の質が「急拡大」から「持続的な機能強化」へと移行していることが伺えます。

なぜ日本企業は、一時的なブームに終わることなく、ベトナムを中長期的な戦略拠点として選び続けるのでしょうか。その背景には、3つの構造的な要因があります。

サプライチェーン再編の定着と「リスク分散」の深化

第一に、地政学リスクの長期化を受けた「チャイナ・プラス・ワン」戦略の定着です。最新の動向では、単なる中国からの代替地としてだけでなく、日本国内や周辺国からの生産機能を再編し、アジア全体での最適な分業体制を築くための「多極化」が進んでいます。ベトナムはその受け皿として、製造業における供給網の要所(ハブ)としての地位を確立しました。

産業構造の高度化:技術集約型へのシフト

第二に、進出企業の質的変化です。かつての繊維や縫製といった労働集約型産業に代わり、現在は電気・電子機器、精密機械、自動車部品、さらには半導体関連といった高付加価値分野の投資が継続しています。ベトナム政府が進める外資誘致策も、ハイテク産業への優遇へと明確に舵を切っており、現地で高度な品質管理や設計を担えるサプライチェーンの構築が急務となっています。

「輸出ハブ」と「成長市場」の二面性

第三に、広範なFTA(自由貿易協定)網の活用です。CPTPPやEVFTA(欧越自由貿易協定)などを通じ、ベトナムは世界市場への有力なゲートウェイとなっています。これに加え、人口1億人を超え、購買力を増した中間層が拡大している「国内消費市場」としての魅力も無視できません。従来の「作る場所」から「作り、かつ売る場所」へと変貌を遂げたことが、日本企業の投資を継続させる強力な動機となっています。

このように、現在のベトナム投資は一時的な熱狂を通り過ぎ、持続可能なビジネス基盤をいかに構築するかという「成熟した投資」のフェーズにあります。サプライヤー側にとって、この戦略的な意思決定が行われるプロセスを正確に捉えることは、受注率を最大化するための不可欠な前提条件となります。

営業上のリスク:
潜在案件が「捕捉困難」になる構造的要因

ベトナムでの工場新設において、多くの営業担当者が直面するのは「案件を察知したときには、すでに主要な選定が終わっている」という構造的なジレンマです。国内営業と同じアンテナを張っていても、ベトナム案件では情報が表に出るタイミングと、実務上のデッドラインが大きく乖離しています。アプローチが後手に回らざるを得ない背景には、3つの構造的な壁が存在します。

日本本社サイドでの「先行検討」と秘匿性

ベトナムへの拠点進出や大規模なライン増設は、企業の競争戦略に直結する重要事項です。そのため、具体的な投資登録証明書(IRC)の申請準備に入る直前まで、情報は日本本社内で極秘裏に扱われます。この段階で相談相手となるのは、既存の主要設備メーカーや、海外進出支援に特化したコンサルティングファーム、金融機関に限られます。新規参入を狙うサプライヤーにとって、この「日本国内での閉鎖的な初期検討」のフェーズをいかに突破するかが、最初の大きなハードルとなります。

ベトナム独自の「行政手続き」による仕様固定

ベトナム市場の最大の特徴は、着工前に完了しなければならない行政手続きの多さとその不可逆性です。投資登録(IRC)や環境影響評価(DTM)の準備は、現地法人の設立前、あるいは最小限の準備室メンバーのみで進行します。国内案件であれば「求人情報の増加」や「土地の取得」などが先行指標となりますが、ベトナムではこれらの目に見える動き(看板が立つ、登記が完了する)を待っていては、行政手続き上のスペック固定に間に合わないという時間軸の乖離が生じます。

EPC企業による「包括的なパッケージ調達」

ベトナムでの工場建設は、日系または外資系のEPC企業(設計・調達・建設一括請負業者)へ一任されることが一般的です。施主(進出企業)は、工期遵守と品質保証を一括でEPC企業に委託するため、主要な設備や資材の選定基準は、EPC企業が持つ「標準ベンダーリスト」や過去の実績に強く依存することになります。 この専門領域への一任という形は、プロジェクトの効率性を高める一方で、外部のサプライヤーからは選定プロセスが見えにくくなる側面があります。営業担当者が施主の現地担当者に接触できたとしても、そのときにはすでに「EPC企業との合意事項」として仕様が固まっており、介入の余地が残されていないという事態が発生するのです。

このように、ベトナム案件における「後手」の正体は、初動の遅れではなく、「情報の非対称性」と「行政手続きによる早期の仕様固定」が噛み合った結果生じる構造的なデッドロックにあります。

実務上の「営業デッドライン」:
行政手続きから逆算する3つの必勝局面

ベトナムでの工場新設において、受注の成否を分けるのは顧客の社内事情以上に「ベトナム当局に対する手続きの不可逆性」です。一度提出した申請書類を修正することは、工期の遅延を意味するため、顧客は変更を極端に嫌います。この「行政の壁」から逆算した3つのデッドラインこそが、営業が狙い撃つべきタイミングです。

【第1の関門】IRC(投資登録証明書)申請前:予算と仕様の「源流」を捉える

投資登録証明書(IRC)の申請準備期間は、プロジェクトの「枠組み」が固まる最重要フェーズです。ベトナム投資法および「中古機械輸入規制(首相決定18/2019/QD-TTg)」に基づき、企業は申請時に「投資総額」や「使用設備の技術水準(新品か中古か)」を申告しなければなりません。

  • デッドラインの正体:申請後は、投資総額の変更には数ヶ月を要する「修正申請」が必要となります。
  • 営業の急所:この時期に、自社製品を「予算策定の根拠」として食い込ませる必要があります。顧客が日本本社や準備室で概算見積を収集し始めるタイミング(着工の約1年前〜)を捉え、その数字がそのままIRCの申請書類に書き込まれる状態を作ることが、実質的なスペックインを意味します。

【第2の関門】DTM(環境評価)・消防設計の申請前:物理スペックの「固定」

IRC取得後、着工に向けて必ず通らなければならないのが、環境影響評価(DTM)と消防設計(PCCC)の認可です。ここでは、設備の配置図、電力負荷、排水・排気量といった詳細な実数値が当局へ提出されます。

  • デッドラインの正体:近年のベトナムではこれら審査が厳格化しており、承認後のスペック変更は「再審査による着工延期」を招く致命的なリスクとなります。
  • 営業の急所:設備やインフラ系商材において、「図面が当局に回る直前」が物理的な最終期限です。この段階で、法規制をクリアできる技術データを提供し、顧客の「認可取得の確実性」を担保することが、受注への最短ルートとなります。

【第3の関門】ERC(企業登録証明書)発行直後:運営基盤の「選定ラッシュ」

現地法人の登記(ERC取得)が完了すると、プロジェクトは「建設」から「運営準備」へと加速します。銀行口座が開設され、実務的な発注権限がベトナム国内で動き出すタイミングです。

  • デッドラインの正体:ERC取得は、ERP・ITインフラ・人材採用・物流網といった「運営ソリューション」の選定が一斉に始まる合図です。
  • 営業の急所:建物(箱)の仕様が決まった直後、現場の責任者が「稼働開始までのスケジュール遵守」を最優先するこのタイミングを狙います。ここでは製品スペック以上に「現地での即応体制」を武器に、運営準備の混乱を解消するパートナーとして食い込むべき局面です。

総括:先行優位を確保する「リスク回避型」提案

ベトナムでの工場新設プロジェクトは、かつての「低コスト拠点作り」から、高度な「サプライチェーンの要所作り」へと変貌を遂げました。投資意欲が質的な成熟期に入った今、サプライヤーに求められるのは単なる製品提案ではなく、顧客の「プロジェクト完遂を阻むリスク」を取り除く提案です。

顧客の「説明コスト」を肩代わりする

前述した行政上のデッドラインを突破するために、営業担当者が取るべき行動は、顧客の「行政への説明コスト」を肩代わりすることに集約されます。

  • 申請用データの先回り提供:ベトナム当局への申請に必要な証明書や技術データを、顧客がそのまま引用できる形式で提供します。これにより「このメーカーを選べば認可がスムーズに降りる」という強力な動機付けが生まれます。
  • 「後戻りコスト」の可視化:意思決定が本社主導であれ現地主導であれ、「このタイミングを逃すと修正申請で○ヶ月のロスになる」という実務的な時間軸を提示し、顧客を正しい決断タイミングへと導きます。

2026年、ベトナム市場での競争優位に向けて

現在、ベトナムでは環境規制(ネットゼロ対応)や電力インフラの安定性が喫緊の課題となっています。2025年後半から本格化した「直接電力購入制度(DPPA)」への対応や、厳格化された廃水・排気規制への知見を提案に盛り込むことは、他社との決定的な差別化要因となります。

「工場が建ってから」のアプローチでは、すでに法規制という名の仕様が固まっており、介入の余地は存在しません。行政手続きという「逆算のデッドライン」を正確に把握し、顧客が最初の一歩を踏み出す瞬間に、その一歩を支えるデータと共に隣に立っていることが重要と言えます。

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