海外営業・マーケティングコラム
2025-06-27
“宗教対応”を超えたハラル消費 ― 日本企業にとっての現実とこれから
世界のイスラム人口は今も増え続けており、その消費市場としての存在感は年々高まっています。とりわけ、インドネシアとマレーシアの2ヵ国は東南アジアにおけるイスラム市場の中心的存在であり、「ハラル(Halal)」と呼ばれるイスラム法に則った商品・サービスへの需要がますます拡大しています。
両国では、ハラルは単なる宗教的な規範にとどまらず、「安心・安全」「品質の保証」という価値観とも強く結びつき、食品をはじめ幅広い分野で日常生活に浸透しています。加えて、若い消費者層の増加やSNSを介した情報の広がりなど、市場のダイナミズムも年々増しています。
本記事では、インドネシア・マレーシア両国のイスラム市場に焦点を当て、「なぜこの地域が注目されるのか」「現地の消費トレンドはどう変化しているか」「日本企業が市場に向き合う際に意識すべきポイントは何か」を、制度の細部に立ち入りすぎることなく、現地の消費環境や価値観の視点から整理していきます。
世界のイスラム市場 ― 基本理解と規模感
イスラム教徒(ムスリム)の人口は世界で約19億人にのぼり、今後も増加が続く見通しです。JETROの2024年レポートによると、2030年には22億人を超えると予測されており、世界の消費市場の中でもイスラム市場の存在感は年々高まっています。
中でもアジア太平洋地域は、世界のハラル食品市場の約48%という大きなシェアを占めています。その原動力となっているのが東南アジア、とりわけインドネシアとマレーシアです。インドネシアは世界最大のムスリム人口(約2億7,000万人のうち9割以上)、マレーシアも人口の6割強がムスリムであり、両国は域内外からハラル市場の“中核”として注目を集めています。
この2ヵ国では、ハラル(Halal)という概念が消費活動の隅々まで深く根付いており、食品・飲料だけでなく化粧品や医薬品、サービス分野でもハラル対応の需要が拡大し続けています。また、ハラル商品は「宗教的に許されている」だけでなく、「安心・安全」「高品質」といった現代的な価値とも結びつき、若い世代や非ムスリム層にも広がりを見せています。
実際、2024年時点でのグローバルなハラル食品市場は約2.71兆ドルと推計されており、今後も年8~14%程度の成長が続く見込みです。こうした成長市場の中でも、インドネシアとマレーシアが制度面・インフラ面・消費ポテンシャルのいずれにおいても中心的な役割を果たしていることは間違いありません。アジア太平洋のハラル市場の拡大は、実質的にインドネシア・マレーシアのダイナミズムに支えられていると言えます。
なぜインドネシア・マレーシア市場が注目されるのか
東南アジア、とりわけインドネシアとマレーシアがハラル市場の“主戦場”として世界から注目されている理由は、単なるムスリム人口の多さにとどまりません。経済成長や消費スタイルの変化、政府による制度的支援、そして国際市場への影響力拡大といった複数の要素が重なり、他地域にはない独自のダイナミズムが生まれています。
まずインドネシアは、人口約2.7億人という世界第4位の人口規模を持ち、その約9割がイスラム教徒です。これだけで一国のハラル市場が巨大であることは明白ですが、近年は中間層の増加や都市部への人口集中も進み、生活水準や消費意欲が急速に高まっています。都市部の若い世代を中心に、「ハラル=伝統」だけではなく、「ハラル=安心・安全・高品質」といった現代的な価値観が広がっているのも特徴です。実際、JETROの調査でも「ハラル認証があることが商品の信頼性やブランド力を高める」といった消費者の意識変化が報告されています。
一方マレーシアは、人口の6割強がムスリムであるだけでなく、ハラル経済を国策と位置付け、政府が主導して産業基盤や流通インフラの整備を進めてきました。マレーシアのハラル認証制度(JAKIM)は国際的にも高い信頼性を誇り、ハラル産業ハブとして東南アジア全体に影響力を持っています。近年では食品のみならず、化粧品、医薬品、観光、物流といった幅広い分野にハラル対応が進み、多様な産業がこの市場での成長を目指しています。
加えて、両国ともに若い人口構成とインターネット普及率の高さが市場の伸びを後押ししています。スマートフォンを通じた情報発信やSNSでのブランド拡散が当たり前となり、消費者はより多様なハラル商品や新しいサービスの選択肢に積極的です。実際、ハラル商品に関する口コミや評価は、これまで以上に購買行動に強く影響する要素となっています。
こうした社会的・経済的背景が重なった結果、インドネシアとマレーシアは「人口規模」「成長力」「ブランド価値」「国際ハブ機能」という多角的な理由から、ハラル市場の主役とみなされています。グローバル企業や周辺国からもビジネス拡大のフロントラインとして注目されているのが現状です。
ハラル消費の現状とトレンド
インドネシアやマレーシアにおけるハラル消費は、この数年で大きく変化してきました。従来は「宗教上の義務」としてハラル認証商品が選ばれてきましたが、近年では“安心・安全”“高品質”といった新しい価値が加わり、消費者の選択基準が多様化しています。
ハラル商品といえば食品・飲料が中心というイメージがありますが、現在では化粧品や日用品、医薬品、さらには金融や旅行サービスに至るまで、ハラル対応が当たり前になりつつあります。マレーシアのスーパーやコンビニでは、多くの製品にハラル認証マークが付与されており、消費者は原材料や製造工程を気にしながら商品を選ぶことが一般的です。
最近では、都市部や若い世代を中心に、消費スタイルや情報の受け取り方にも大きな変化が見られます。SNSやECサイトが普及したことで、新しいブランドや商品の情報が短期間で広まり、口コミやレビューが購買行動に強く影響を与えています。「この商品は本当にハラルなのか?」という話題がSNS上で共有されることも増えており、企業にとっては単に認証を取得するだけでなく、消費者との信頼関係づくりがより重要になっています。
また、健康志向やサステナビリティへの関心が高まっていることも、消費トレンドの特徴です。ハラルであることに加え、オーガニックや無添加、環境への配慮など、さまざまな付加価値を求める消費者が増えています。商品の原材料や製造過程の透明性に対するニーズも年々高まり、それに応えるために現地メーカーや流通各社も商品開発や情報発信に力を入れています。
さらに、近年ではムスリム以外の層からもハラル商品が支持される傾向が見られます。とくにマレーシアでは、「ハラル=安心・清潔・品質が高い」という認識が社会全体に浸透しつつあり、宗教に関係なくハラル商品を選ぶ消費者が増えています。このため、日本からの輸出商品や現地進出企業もハラル認証を取得することで、ムスリム層に限らず広い市場へのアプローチがしやすくなり、“宗教対応”だけにとどまらない多様な価値提案が可能となっています。
このように、ハラル消費の現場では、「宗教的義務」から「安心・高品質・現代的な価値観」へと、消費の理由そのものが大きくシフトしています。今後も、都市化やデジタル化、生活者の多様化といった要素が、ハラル市場のトレンドを形づくっていくでしょう。
日本企業にとっての現実的な壁と向き合い方
東南アジア、とくにインドネシアやマレーシアのハラル市場は魅力的な成長分野ですが、日本企業が実際に進出・販路拡大を目指す際には、さまざまな現実的な壁が立ちはだかります。
まず多くの企業が直面するのは、「ハラル認証取得」のハードルです。インドネシア、マレーシアそれぞれの認証制度には共通点もありますが、認証機関や求められる書類、審査プロセス、手続きの細かい運用などは実際には異なる部分が多くあります。JETROの調査でも、「一度認証を取得しても国や業界ごとに追加の対応を求められる」「現地語での書類やラベル表記が必須」など、運用上の違いに戸惑う企業が多いことが指摘されています。
次に、製造・流通体制への対応も重要な課題です。ハラル認証は、単に“原材料や最終製品が認証を受けている”だけでは足りず、工場や倉庫、流通過程も含めた一連の管理体制が問われます。たとえば動物性原材料やアルコールの混入防止、非ハラル製品との厳格な分別保管など、現地基準に合わせた運用ルールを現場レベルで徹底しなければなりません。
また、“認証を取れば売れる”とは限らないのも現実です。実際の現地消費者は、認証マークがあるかどうかだけでなく、「ブランドの信頼性」「商品のストーリー」「現地市場での知名度」なども重視しています。日本では通用する商品やパッケージも、そのまま現地に持ち込むだけでは消費者の関心を引きにくい場合もあります。現地の小売店や流通業者とのネットワークづくり、消費者に向けた情報発信の工夫が不可欠です。
さらに、誤解や“思い込み”による対応のミスも散見されます。たとえば、「一度取得した日本のハラル認証がどの国でも通用する」と考えていたり、逆に「ハラル対応は非常に特殊なもの」と誇張しすぎてしまったりするケースです。実際には、現地の基準や商習慣を正しく理解し、過度な思い込みを避けて柔軟に対応することが重要です。
こうしたさまざまな壁を乗り越えるためには、現地パートナー企業や専門家との連携を活用し、「自社の製品や強みを現地市場の文脈でどう活かすか」という視点で取り組むことが求められます。制度や商習慣を“調べて終わり”にするのではなく、実際の現場で起きるギャップを埋める努力と、長期的な視点での現地理解が不可欠です。
まとめ
インドネシア・マレーシアを中心とした東南アジアのハラル市場は、今や世界の成長市場のなかでも特に注目を集める分野となっています。人口の規模や経済成長だけでなく、消費者の価値観や産業政策、デジタル社会の浸透といった複合的な要素が絡み合い、他地域にはない独自のダイナミズムを生み出しています。
これらの市場で特に重視されているのは、もはや「宗教上の義務」としてのハラルだけではありません。「安心・安全」「高品質」「サステナブル」といった現代的な価値が、若い世代や都市部を中心に消費の基準として浸透しています。また、SNSやECなどのデジタル環境の発展により、商品の認証だけでなく、ブランドストーリーや現地消費者との信頼関係づくりがますます重要になっています。
一方で、日本企業にとっては、ハラル認証の取得や現地基準への適合といった「形式的な要件」だけでは市場での持続的な成長は望めません。現地の商習慣や消費者の本音に寄り添い、現地パートナーや専門家と協働しながら、生活者目線での価値提供・情報発信を続けていくことが不可欠です。ハラル対応を単なる「制約」や「壁」ととらえるのではなく、新たなブランド価値を創出する起点として前向きに向き合う姿勢が、長く選ばれる企業や商品づくりにつながります。
東南アジアのハラル市場は今後も成長が見込まれ、消費者の価値観や生活スタイルもさらに多様化していくでしょう。変化のスピードが速い市場環境の中で、時代や現地社会の変化に柔軟に対応し、生活者との信頼関係を築いていく姿勢こそが、今後の日本企業にとって最も大切なポイントと言えるのではないでしょうか。
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