海外営業・マーケティングコラム
2025-06-19
インドを“グローバル輸出拠点”として活用する戦略 ― モノづくり拠点から国際展開の起点へ
インドの市場規模や成長率に期待して進出を検討する日本企業は少なくありません。しかし近年では、現地での販売にとどまらず、インドを“生産拠点”として活用し、第三国へと輸出する動きが現実味を増しています。欧州・中東・アフリカなどの地域に対し、地理的な優位性やFTA(自由貿易協定)を活かした関税面でのメリットを持つインドは、単なるローカル市場ではなく“戦略的な輸出拠点”として再評価されつつあります。
本稿では、制度や物流といった輸出前提の設計ポイントを整理しながら、中東・アフリカ・欧州といった輸出先をどう見極めるか、戦略的にインドを活用する考え方を検討します。
なぜ今「輸出拠点としてのインド」が注目されるのか
日本企業にとって、インドは長らく「将来の巨大消費市場」として語られてきました。中間層の拡大、人口ボーナス、都市化の進展などがその理由です。しかしここ数年、従来の“現地で作り、現地で売る”という進出モデルとは異なる視点でインドを位置づける企業が増えています。それが、「インドをグローバル輸出の拠点とする」というアプローチです。
この動きの背景には、いくつかの明確な変化があります。
これまでインドは、日本企業にとって「巨大な成長市場」としての関心が先行してきました。中間層の拡大、人口構成の若さ、都市化の進展など、内需主導型のビジネスモデルが注目されてきた背景があります。しかし近年では、現地市場向けにとどまらない、輸出拠点としてのインドの活用に関心を寄せる企業が増えています。
この動きには、いくつかの背景が重なっています。
第一に、地政学的リスクを分散する拠点戦略の再構築が求められていることです。米中関係の緊張や紅海の航路不安定化、アジア域内における供給網の偏在などを受け、従来の主要生産地(たとえば中国やタイなど)に集中した体制に依存するリスクが顕在化しています。そうした中で、インドは中東・アフリカ・欧州といった“南西方向”への輸出に適した地理的ポジションを有しており、生産・輸送の代替拠点として見直す動きが加速しています。
第二に、経済連携協定を通じた制度面の整備が進んでいることも大きな要因です。インドは韓国、ASEAN諸国、UAEなどと包括的経済連携協定(CEPA)または自由貿易協定(FTA)を締結しており、輸出に際して関税面でのメリットを得られる地域が広がっています。日本との間にも、2011年に発効した「日本・インド包括的経済連携協定(CEPA)」が存在し、一定品目について関税の撤廃・引き下げが進んでいます。こうした協定の存在は、インド発の輸出戦略における制度的な支えとなります。
第三に、インド政府自身が輸出志向型の産業育成を政策として掲げている点も見逃せません。代表的な施策として「Make in India」や「生産連動型インセンティブ(PLI)制度」が挙げられます。これらは単なる国内需要への対応にとどまらず、グローバル市場に通用する製造基盤の確立を狙ったものです。特に電子機器、医薬品、自動車部品、繊維といった分野では、外資企業の輸出活動を意識した支援策が導入されつつあります。
また、港湾や通関インフラの改善も、輸出実務における障壁を徐々に低減させています。 ムンドラ港、チェンナイ港などの主要港では、積載能力の拡大や手続きの電子化が進行中であり、物流の安定性と速度が向上しつつあります。これにより、以前は輸出のネックとされていた「港湾処理の遅れ」や「煩雑な通関手続き」が徐々に解消されつつあるのが実情です。
このように、地政学的要請・制度的環境・政策的後押し・物流基盤の改善といった複数の要素が重なった結果として、インドは「成長市場」であるだけでなく、「グローバル輸出戦略の一角を担う拠点」として再評価されつつあります。進出先の選定にあたり、インドを“現地市場向け”だけでなく“第三国展開の起点”と捉える視点が、今後の戦略設計において重要な意味を持ってくる局面に入っています。
輸出を前提にした“インド進出”の設計視点
インドを輸出拠点として活用するには、現地市場向けの生産体制とは異なる設計視点が必要になります。賃料や人件費といったコスト要素だけで進出地を決めてしまうと、輸出を前提とした運用において思わぬ制約が発生することがあります。製造コストに加えて、輸送効率や制度適合性といった別の変数が加わってくることを、初期段階から織り込む必要があります。
そのうえで重要になるのが、拠点の立地選定です。インド各地の主要港は、それぞれ中東・東南アジア・アフリカ・欧州への航路に強みがあり、輸送距離や通関体制の違いがコストとリードタイムに与える影響は小さくありません。表面的なコスト比較だけで拠点を決めると、後に輸出要件を満たせない、通関が複雑化する、といった問題が生じやすくなります。たとえば、港までの陸路輸送に時間がかかる立地や、原産地証明が取りづらい調達構造では、輸出を前提とした設計が機能しません。製品が完成しても「輸出できない」「優遇制度が使えない」といった事態は、計画段階の判断ミスによって生じるものです。
また、法人の設立形態や事業登録の場所も、制度面からの輸出適格性に関わります。輸出型ビジネスの場合は、特定の経済特区(SEZ)に登録することで、関税や物品サービス税(GST)の免除を受けられる場合があります。ただし、こうした制度には対象品目や外貨収支比率などの要件が定められており、利用には綿密な事前調査と、法務・税務の専門家による支援が欠かせません。
さらに、FTAやCEPAなどの協定を活用する場合は、原産地証明の取得を前提とした調達・生産体制の設計が求められます。例えば、インドとUAEの間には包括的経済連携協定(CEPA)が締結されており、一定の原産地基準を満たせば関税優遇が受けられます。ところが、主要部材をすべて第三国から輸入しているような場合は「インド産」とみなされず、優遇措置の対象外となることがあります。制度を活かすには、輸出先の協定要件を確認したうえで、現地調達率や加工工程の設計を行う必要があります。
加えて、輸出拠点としての機能を持たせるには、法規制や通関手続きに関する情報を継続的に把握する体制づくりも重要です。制度変更の頻度が高いインドでは、現地コンサルや物流業者との連携が、制度対応の実効性を左右します。現場で実際に起きているトラブルや通関遅延の情報は、政府発表だけでは把握できないケースも多く、信頼できる実務ネットワークを持つことが安定運用の鍵となります。
このように、インドを輸出拠点として活用するためには、立地・制度・サプライチェーン・情報の各要素を輸出前提で構成する視点が求められます。拠点設計の段階でこの視点を持てるかどうかが、実行段階での自由度と競争力を大きく左右します。
中東・アフリカ・欧州をどう捉えるか
インドを輸出拠点として活用する場合、当然ながら輸出先となる第三国の市場性や制度環境を見据えた戦略設計が求められます。中でも注目されているのが、インドから中東・アフリカ・欧州といった“南西方向”への輸出展開です。地理的な近さに加え、FTAやCEPAの枠組み、物流インフラの選択肢など、複数の要素が戦略構築に影響を与えています。
中東市場:関税メリットと即応性を兼ね備えた“手の届く距離”
とりわけ近年存在感を増しているのが中東諸国です。2022年に発効した**インド・UAE間の包括的経済連携協定(CEPA)**により、両国間の物品貿易では段階的な関税撤廃が進んでいます。対象品目には機械類、電子部品、繊維製品などが含まれており、関税削減と短距離輸送の組み合わせはコスト競争力の点で非常に優位です。
また、インドとGCC(湾岸協力会議)諸国との貿易交渉も進展しており、将来的に協定網が拡大する可能性もあります。物流面では、西インドの港湾からペルシャ湾岸の主要港(ドバイ、アブダビ、ダンマームなど)へは10日程度で到達可能で、タイムリーな納品体制を構築しやすいのも利点の一つです。
アフリカ市場:成長ポテンシャルとインド経済圏の重なり
アフリカ向け輸出については、インドとアフリカ諸国との間でFTAやEPAが締結されているわけではありませんが、政治的・人的関係を背景に貿易面での連携は強化されつつあります。インド企業が展開してきた医薬品、バイク部品、建設資材などは、現地市場でも一定の認知があり、日本企業がインドを介してこれらの産業分野で市場参入する事例も徐々に見られます。
物流面では、ケニア、タンザニア、ナイジェリア、南アフリカといった東西両岸の主要国へインド西部からの輸送ルートが確立されています。輸出までの制度的支援は限定的ながら、インド国内のアフリカ向け輸出実績が豊富な物流事業者との連携を活用することで、手探りの負担を軽減できるのもポイントです。
欧州市場:品質要件に応じた輸出モデルの組み立てが鍵
欧州はインドから見て輸送距離はあるものの、インド西部港湾からスエズ運河経由でのルートが一般的で、出荷から到着まで平均20〜25日程度とされています。インドとEUの間には現在、FTA交渉が再開されており、将来的に制度面の後押しが加わる可能性もあります。
ただし欧州向け輸出では、安全規格、成分表示、環境配慮など非関税障壁への対応が不可欠です。これらをクリアできる製品設計と現地対応力があって初めて、インド発の欧州輸出が競争力を持ちます。すでに自社製品がEU基準に対応している場合、中国や東南アジアと比較してインドの製造原価が魅力的な製品分野では、拠点移行の検討余地が広がります。
「どこ向けに、何を運ぶのか」の再設計が問われている
インド進出にあたっては、従来のように「現地販売をどうするか」という設計だけでなく、「どこ向けに、何を、どう運ぶか」を逆算する設計が必要になってきています。輸出対象国によって、規制・物流・認知度・制度支援が大きく異なるため、製品ごとに向き不向きも分かれます。
たとえば、
- 関税優遇と短納期が魅力の中東向け製品
- 既存物流と知名度を生かしやすいアフリカ向け製品
- 高付加価値品で品質・規格に耐えうる欧州向け製品
こうした整理を前提に、インド発輸出が本当に有効な製品群を選び抜く目利き力が、戦略立案の要になっています。
インドを起点とした輸出戦略は、単なるコスト削減や立地分散にとどまらず、輸出先の特性を踏まえて物流と制度の最適配置を考える設計論へと進化しています。市場ごとの前提条件を丁寧に見極めながら、「なぜインドから出すのか」に答えを持てるかどうかが、企業間の差を分ける時代になりつつあります。
まとめ
インド進出といえば、これまで主に「現地市場の成長を取り込む」という文脈で語られてきました。しかし近年では、そうした内需志向に加えて、インドを拠点とした第三国向け輸出をどう組み込むかという視点が、企業戦略の中で重要性を増しています。
本稿で見てきたように、インドを取り巻く制度・政策・地理環境には、輸出型モデルに適した要素が重なりつつあります。特に、FTAやCEPAといった協定網の広がりや、港湾・通関インフラの整備が進む中で、インドを単なる製造地ではなく「拡張性のある輸出拠点」として設計する意義が明確になってきました。
また、輸出を前提とした進出を成功させるには、コストだけで判断するのではなく、制度適合・物流動線・原産地要件といった条件を多角的に組み合わせた設計が求められます。この初期設計の質が、その後のオペレーションの柔軟性や制度活用の成否を左右します。
さらに輸出先ごとに、物流距離、関税制度、規制水準などが大きく異なることを踏まえれば、「どこ向けに、何を、どう運ぶか」を逆算する視点での戦略設計が欠かせません。製品ごとの適性を見極めたうえで、インド発の輸出が実行力を持つ分野を選び抜くことが、これからの成否を分けます。
インドに製造拠点を設けることの意味合いは、現地市場を狙うかどうかだけでは測れなくなっています。
むしろ重要なのは、インドという立地を通じて、どのように他地域とつながるかを戦略的に設計する視点です。
制度、物流、アクセス──それぞれの条件を踏まえながら、インドを輸出モデルの中にどう位置づけるか。その問いに対する答えが、今後の国際展開における差を生み出していくはずです。
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