海外営業・マーケティングコラム
2025-07-11
インド鉄鋼事業に広がる日本企業の生態圏
日本の製鉄会社がインドで本格的な投資と事業展開を進めています。高炉をはじめとする大規模プロジェクトの始動により、鉄鋼分野だけでなく、産業ガス、物流、スラグ処理、建設、メンテナンス、商社など、幅広い日本企業がインド国内で存在感を高めています。こうした企業群の進出は、製鉄事業の周辺に新たな産業ネットワークを生み出し、現地の経済やインフラにも影響を及ぼしています。
この記事では、日本の製鉄会社を軸に、どのような日本企業や産業がインドで事業を広げているのか、その全体像を整理します。
インド鉄鋼市場と日本企業の動き
インドは現在、世界でも有数の鉄鋼生産国として成長を続けています。粗鋼生産量は年々増加しており、インド政府は2030年までに年間3億トンの粗鋼生産体制を目標に掲げています。こうした背景には、人口増加や都市化の進展、インフラ整備計画の拡大といった要素があります。鉄道や道路、港湾といった大型インフラの整備が進められ、建設需要が鉄鋼市場の拡大を後押ししています。
日本企業の動きとしては、日本製鉄をはじめとする大手が、インド国内での製鉄プロジェクトに本格的な投資を進めていることが挙げられます。たとえば、アルセロール・ミッタルと日本製鉄の合弁会社であるAM/NS Indiaは、グジャラート州ハジラでの高炉拡張プロジェクトを推進しています。既存設備の能力増強だけでなく、新たな高炉の建設にも取り組み、インド市場での存在感を高めています。
また、JFEスチールも現地の大手メーカーであるJSWスチールと協力し、自動車向け鋼板など高付加価値製品の分野で合弁事業を進めています。これらの動きは、インドの旺盛な鉄鋼需要に対応するとともに、日本側の技術力や品質管理の強みを現地で発揮する狙いがあります。
インドではこのほかにも、大規模な製鉄プロジェクトが各地で計画・進行中です。日本の製鉄会社が積極的に現地企業とのパートナーシップや投資を進めることで、インド市場でのプレゼンスを高めています。現地生産体制の強化は、インド国内の鉄鋼需要への対応だけでなく、近隣諸国への輸出やグローバルなサプライチェーン拠点の拡充という観点からも重要な意味を持っています。
インド鉄鋼事業を軸に広がる日本企業の展開例
インドで日本の製鉄会社が大規模な投資と事業展開を進める中、関連分野でも複数の日本企業が現地に進出し、特徴的な取り組みを見せています。こうした動きは、製鉄所の運営にとどまらず、周囲の多様な事業分野の形成につながっています。
まず、産業ガス分野ではエア・ウォーターが存在感を高めています。インド国内の製鉄所向けに大型空気分離装置(ASU)を設置し、酸素や窒素、アルゴンなどのガスを安定的に供給する体制を築いています。特に、国営製鉄大手SAILのドゥルガプル製鉄所向けにASUを受注するなど、現地需要の拡大に応じた設備投資を積極的に展開しています。
また、製鉄プロセスで発生する副産物の処理・リサイクル分野では、鴻池運輸が現地企業の買収を通じて事業基盤を拡大しています。鴻池運輸は、インド政府系企業FSNL(Ferro Scrap Nigam Limited)を傘下に収め、鉄鋼スラグなどの副産物の回収・処理を担っています。これにより、資源循環や環境対策の面でも日本の技術や運営ノウハウを現地で発揮しています。
設備建設や据付、メンテナンス分野では、日鉄エンジニアリングが大きな役割を果たしています。同社は日本製鉄の高炉・設備工事だけでなく、インドの大手製鉄会社をはじめとする他社案件も数多く手掛けています。たとえば、国営SAIL向けのコークス乾式冷却装置(CDQ)建設や、その他10件以上の大規模プロジェクトに関与してきた実績があり、設計・調達・製造・建設・プロジェクト管理まで一貫して対応しています。日本で培われた省エネ設計や品質管理、安全管理のノウハウを現地にも展開し、インドの鉄鋼業界全体に貢献しています。
このように、日本の製鉄会社による本格的な投資をきっかけに、産業ガス、廃棄物処理、設備建設、メンテナンスなど多様な分野で日本企業の事業展開が広がっています。各社がそれぞれの専門性を生かして現地に根付くことで、インドの鉄鋼産業基盤や関連インフラの発展にも寄与しています。
市場環境・今後の展開
インドの鉄鋼市場は、経済成長とインフラ需要を背景に拡大基調が続いています。近年は都市部での住宅や商業施設の建設、道路・鉄道・港湾といったインフラ開発が進行し、それに伴って鉄鋼の需要が大きく伸びています。自動車や家電、建設資材など幅広い分野で鉄鋼が使用されるため、製造業全体の成長とも密接に連動しています。
このような環境のもと、グジャラート州やオディシャ州をはじめとする各地で、新たな高炉建設や既存設備の増強、大型プロジェクトの着工が続いています。インド国内の主要な鉄鋼メーカーのみならず、日系を含む海外企業が現地法人や合弁事業の形で積極的に進出し、現地資本との連携による大規模な投資が目立っています。現地での生産体制強化は、インド市場だけでなく近隣諸国への輸出拠点としての役割も期待されており、国際的な鉄鋼供給網の一角を担う存在となりつつあります。
市場の拡大とともに、現地ではサプライチェーンの構築や原材料の安定調達が課題となっています。鉄鉱石や石炭といった主要原料の需給動向は、国際市況の変動の影響を受けやすく、調達コストの管理が各企業にとって重要なテーマとなっています。加えて、エネルギーコストの高騰や物流インフラの未整備といった、成長市場特有の課題も指摘されています。
一方、環境規制や省エネルギー化への対応も大きな論点です。インド国内では環境意識の高まりとともに、省エネ技術の導入やCO₂排出削減への要求が強まっており、今後は技術力やノウハウを有する日系企業への期待もさらに高まることが見込まれます。現地企業との協業や技術提携を通じ、設備の高効率化や廃棄物処理の高度化といった分野で、日本企業が果たせる役割は多岐にわたります。
また、労働市場の状況も注目すべきポイントです。現地では熟練労働者の確保や人材育成の仕組みが発展途上にあり、企業ごとに人材教育や安全管理への投資が必要とされています。日系企業の多くは、日本国内で培った人材育成・安全対策のノウハウを現地でも展開しており、現地スタッフのスキル向上や現場の安全意識の醸成に取り組んでいます。
今後も鉄鋼需要の伸びと設備投資が進むことで、周辺分野でのビジネスチャンスも拡大が見込まれます。ただし、市場拡大の一方で、国際情勢や市況の変動、政策変更など不確実性も少なくありません。各社はこうした環境変化を注視しながら、現地での事業基盤強化やリスク管理、技術革新に取り組むことが求められています。
このように、インド鉄鋼市場は成長と変化が同時に進む中で、日本企業にとっても引き続き多様な事業機会が広がっています。現地のパートナー企業や政府、関係機関と連携しながら、競争力のあるサービス・技術を提供していくことが今後の展開の鍵となります。
まとめ
日本の製鉄会社がインドで本格的な投資と事業展開を進める中、その動きは鉄鋼分野にとどまらず、産業ガス、廃棄物処理、設備建設やメンテナンスなど、多様な日本企業による現地での取り組みへと広がっています。こうした企業群の連携や専門性の発揮は、インド鉄鋼業界の発展や現地インフラの高度化にも寄与しています。
インドの鉄鋼市場は今後も成長が見込まれており、新たな設備投資やサプライチェーン強化、省エネルギーや環境対応といった領域で、日本企業の技術やノウハウに対する期待も引き続き高まっています。一方で、原材料調達やエネルギーコスト、労働力の確保、市況の変動など乗り越えるべき課題も多く、現地の実情に即した柔軟な対応とパートナーシップが今後ますます重要になるといえます。
本記事では、日本の製鉄会社を軸としたインド市場での日本企業の広がりと、その背後にある事業構造について整理しました。各分野で培われた技術や経験が、インドの鉄鋼産業や関連分野に新たな価値をもたらし、両国経済の発展につながっていくことが期待されます。
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