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海外営業・マーケティングコラム

2025-07-11

東南アジアで進化する日本企業の人材戦略 ― 現地拠点型採用・育成の取り組み

近年、ベトナムやインドネシアなど東南アジア各国を中心に、日本企業が現地人材の採用や育成に向けた取り組みを加速させています。背景には、日本国内の人手不足や少子高齢化、外国人材の在留制度拡充といった環境変化があります。一方、これらの国々では若年層の人口が豊富で、日本語を学び日本で働くことを希望する人材が増え続けており、現地での日本語学校や職業訓練機関の新設が目立っています。

かつては送り出し機関や人材紹介会社が中心となっていた現地人材の日本向け育成ですが、近年では外食、介護、建設などの事業会社が自ら現地法人や提携拠点を設ける動きも活発化しています。たとえば、ベトナムでは外食業向けのトレーニングセンターや、医療・介護分野に特化した日本語教育機関の設立など、多様な事例が報じられています。

本稿では、日本企業による現地での人材送り出し事業や日本語学校設立の現状と、背景にある社会的要因、さらに業種ごとに多様化する取り組みについて、最新の動向を整理します。

なぜいま現地人材なのか ― 背景と時代変化

国内の深刻な人手不足と少子高齢化

日本は急激な少子高齢化に直面しており、若年層の労働力が減少しています。2025年時点で日本の労働力不足は深刻であり、人手不足を理由に倒産に追い込まれる企業も増加しているという報道もあります。たとえば、2024年に労働力不足を原因とする破綻件数は過去最多の342件に達したとする日経調査をもとにしたリポートもあり、約66%の企業が「労働力不足が経営に大きく影響している」と回答しています 。

スキル人材採用のプレッシャー

加えて、「採用可能な即戦力人材」に対するニーズも急拡大しており、2025年には7割以上(約71%)の企業が「技能人材の確保に苦慮している」状況です。加えて企業の半数以上が「2025年に人員増を計画している」と報告されており、人手やスキルを補おうとする動きが顕著になっています 。

在留制度の拡充と制度改革

こうした人手不足への対応として、日本政府は外国人材の受け入れ制度を改革・拡充しています。特に注目されるのが「技能実習制度(TITP)」や「特定技能(SSW)」の展開です。OECDによると、2022年には技能実習や特定技能を通じた在留者のうち、ベトナムとインドネシア出身者が全体の7割近くを占め、その存在感がより顕著になっています。また、2024年2月には、従来批判されていた技能実習制度に替わる新制度の導入が内閣で決定され、日本語能力試験合格者に対する在留長期化や移動・転職の自由化などが盛り込まれました 。

東南アジアの若年人口と日本語志向

このような制度見直しのタイミングで、東南アジア諸国、特にベトナムやインドネシアは若年人口が多く、就業意欲のある層が厚みを持っています。インドネシア国内でも日本語学習者は約71万人に達し、日本語・日本文化への関心も強く、現地採用基盤が整いつつあるといえます 。

日本企業の直接採用・現地教育の狙い

こうした背景から、日本企業は単に日本国内で外国人を受け入れるだけでなく、「現地で日本語教育や職業訓練を施し、『即戦力』として送り出す」モデルに注目しています。日本企業にとっては、渡航・在留コストの削減だけでなく、ミスマッチによる離職・定着率低下のリスクを抑え、自前で教育・選抜することで人材採用の質・量をコントロールしやすくなるメリットがあります。

人材送り出し事業・日本語学校の現地開設が広がる

送り出し機関の役割と日本企業の関与

送り出し機関は、現地で日本語教育・スクリーニング・ビザ手続・面接調整などを担い、日本企業と外国人材の橋渡し役を果たす機関です。従来は人材会社や監理団体が中心でしたが、特定技能制度の下では日本企業が現地採用する流れも目立ち、送り出し機関を介さずに採用するケースも増加傾向です。とはいえ、現地の文化や制度をよく理解し、選定・教育を担う側の存在は今も不可欠な構造にあります。

日本企業による現地拠点設立・提携の動き

インドネシアでは、ウイルテックが学校法人「ミトラ・インダストリ・グループ」と提携し、2025年7月に「JLS Mitra Industri Indonesia」を開校。日本語教育に職業訓練を加えたカリキュラムで、農業分野の特定技能取得を目指す取り組みを始めています。

また、ASEAN HOUSEはバンドンで介護・サービス業者に特化した日本語学校を運営。“完全寮制+オーダーメイド教育+人材紹介まで一括提供”というモデルを実現しています。さらに、スエナミ工業(岐阜県)は西ジャワ州バンドンに自前の校舎を開校し、自社の製造部門に必要な人材育成に取り組む姿勢を打ち出しています。

教育内容と拠点設立の実際

教育現場では、日本語レベルだけでなく日本的マナーや職業スキルを組み合わせた実践重視型カリキュラムが増えています。JLSでは農業に関連したカリキュラムに加え、就職に必要な「態度教育」を実施。ASEAN HOUSEの校舎では介護・サービス分野で必要な技能に沿った教育が展開され、これらに即応する人材を育成する体制が整えられています。

送り出し+教育の一体モデルへ

多くの企業は、送り出し機関・日本語教育・就業支援をパッケージ化した一体型モデルへと進化しています。送り出し機関の役割を担いながら、日本語教育から就労までを連携して支援することで、入国後すぐに日本の職場で活躍できる人材育成を目指しています。

現地設立の実務面とハードル

特にインドネシアにおいては、日本法人や現地法人の設立に数千万〜数億ルピアの資本金が必要とされ、法的・財務的準備が必要です。また、日本語学校の設置には立地・備品・講師など多額の初期投資も求められ、準備期間も数ヶ月かかるケースが一般的です。

このように、日本企業による現地での送り出し事業と日本語教育機関設立は、人材採用モデルとして定着へと進化しており、教育→送り出し→入国後のバックアップまでを一貫して行う新たな枠組みが広がっています。

外食・サービス業など人材会社以外の業種も参入

現地人材の日本向け育成は、これまで送り出し機関や人材会社が主導してきましたが、近年は外食や介護・医療分野をはじめとした事業会社自らが、現地拠点を設けて直接的に人材育成と採用に取り組むケースが目立ち始めています。

たとえば、株式会社SANKO MARKETING FOODSは、2023年12月にベトナム・インドネシア向けの現地法人「SANKO INTERNATIONAL」を設立し、2024年7月から現地で特定技能生・技能実習生の採用と教育を本格的にスタートしています(PR TIMES)。半年で特定技能生35名、技能実習生17名の受け入れを実現し、今後も追加採用を計画しています。現地での日本語や技能研修を経た人材は、グループ内の飲食店舗や水産加工事業に配属され、繁忙期の人手不足解消や、現場の即戦力となっているようです。

また、介護・医療分野ではGenki Groupがホーチミン市に日本語教育と介護職の実務トレーニングを一体化した「Vietnam G.com School」を設立し、現地の医療・看護志望者に特化した育成を進めています。日本語能力や介護の現場対応力などを段階的に指導し、日本国内の施設に送り出す体制を強化しています。

このような事業会社による現地教育モデルの広がりには、単なる人手不足対策にとどまらず、企業独自のサービス基準や業務ノウハウを教育段階から浸透させ、入国後の定着率や即戦力化を高めたいという意図があります。一方で、現地法人の設立や教育・寮施設の整備、行政対応など、初期投資や運営体制の構築にかかる負担も大きく、今後はこうしたモデルがどこまで拡大するかが注目されます。

現地企業や日本側パートナーとの協業・ネットワークの拡大

日本企業による現地人材育成や送り出しの現場では、現地企業や日本側パートナーと協業し、多様なネットワークを構築する動きが着実に広がっています。特に、制度や法規制の違い、文化・言語面のギャップ、現地での人材確保競争の激化などを背景に、単独ではなく様々な連携モデルを採用する企業が増加しています。

現地の送り出し機関や日本語学校と、日本の受け入れ企業・団体が共同で教育プログラムを設計し、採用から就業まで一体的に連携するケースが増えています。たとえば、ベトナムでは語学教育事業者と日本企業が共同で日本語教育や技能訓練を行い、企業ごとの現場ニーズに応じた人材育成を目指す取り組みが一般的になりつつあります。また、日本の業界団体や公的機関が現地の教育機関・送り出し機関との間でネットワーク構築を進めることで、マッチングイベントや就職説明会などを定期的に開催し、採用機会の拡大や教育内容の充実を図る動きも見られます。

日本側でも複数企業が協力して現地拠点を設けたり、業界団体を通じて情報共有や共同の人材育成に取り組むなど、横断的なネットワーク作りが進められています。こうした動きは、人材のミスマッチを減らし、採用後の定着やキャリア支援までを見据えた中長期的な協業の基盤となっています。

従来は送り出し側が教育や選抜を一手に担っていましたが、最近では日本企業が教育やサポート体制に深く関与し、送り出し機関や現地教育機関と連携しながら採用・育成の質向上を図る取り組みも増えています。

現地と日本双方のプレイヤーがパートナーシップを強化する動きが拡大する中、今後はこうした協業の枠組みをいかに持続的かつ実効性の高いものにしていくかが問われていくでしょう。

まとめ

ベトナムやインドネシアをはじめとした東南アジア各国で、日本企業による現地人材の採用と育成をめぐる取り組みは着実に広がっています。人材送り出し事業や日本語学校の開設は、人材会社や送り出し機関のみならず、外食、介護、医療など事業会社自身が主導するモデルへと発展しつつあります。企業ごとに現地拠点を設け、日本語教育と職業訓練を一体化した仕組みを整備することで、現場ニーズに合った即戦力人材の安定的な確保を目指す動きが定着しつつあります。

また、現地企業や教育機関、日本側パートナー企業とのネットワークや協業も重要性を増しており、複数の関係者が連携することで教育内容の高度化や採用の安定性向上を図る取り組みが活発です。現場ではさまざまな課題や制度対応のハードルもありますが、企業ごとの創意工夫や現地パートナーとの協力によって、新しい育成・採用モデルが形になりつつあります。

今後は、こうした現地育成型の採用手法がさらに多様な業種へ広がるとともに、教育の質向上や現地支援体制の強化、定着支援の仕組みづくりなど、より実効性の高い運用へ進化していくことが期待されます。日本企業と現地社会がともに成長するパートナーシップのあり方が、これからの人材確保において一層重要になるはずです。

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