2025-05-29
問いを立て、整えるマーケターの時代 ― 生成AIと発想力の再定義
BtoB 営業・マーケティング コラム
ここ1~2年で生成AIが広く使われるようになり、マーケティングの現場では「そのアイデアはなぜそうなったのか」「どういう前提でそう判断したのか」といった説明を求められる場面が徐々に増えてきました。
生成AIの利用により、誰でも一定水準のアウトプットに手が届くようになっていることから、今後もこの傾向が続くことが見込まれます。
差が出るのは「どんな問いを立てたか」「どの視点を選んだか」といった、思考のプロセスそのもの。つまり、発想の“根拠”を言語化する力が、かつてないほど重視されつつあるのです。
本記事では、生成AIと人間の役割分担を見直しながら、「考えられる人」に求められる資質がどう変わっているのかを掘り下げていきます。
目次
なぜ今、発想の「根拠」を問われるのか
企画や施策の提案時に、「なぜそう考えたのか」と問われる機会が増えたと感じている方は少なくないかもしれません。これまで以上に、発想の背景や判断のプロセスを説明する力が求められるようになっています。単なるアイデアの提示では不十分で、その着眼点がどこから来たのか、どんな視点を持って導いたものかを言語化できることが、信頼を得るうえで重要になってきています。
この変化にはいくつかの要因が絡んでいますが、そのひとつは「納得感のある意思決定」の必要性が高まっていることです。市場の変化が早く、かつ見通しがつきにくい状況では、感覚的な判断や経験則だけでは説得力が持ちにくくなります。特に、提案を受ける側が複数の選択肢を比較・検討している場合、その裏づけとなる説明の有無が選定に大きく影響します。
また、データやトレンド情報が容易に入手できるようになったことも背景のひとつです。情報の前提がある程度共有されているなかで、どのような視点で情報を読み解いたのか、どんな仮説を立てたのかが問われるのは自然な流れといえるでしょう。加えて、オンラインでのやり取りが一般化したことで、言葉でロジックを明示する場面が以前よりも増えています。会話のなかで補足できる余地が限られる分、企画の文脈や根拠は文書内でしっかり示しておく必要があるのです。
こうした状況のなかで、求められるのは単に「通る資料」を作ることではありません。「なぜその施策に行き着いたのか」を、自分自身で咀嚼し、筋道を持って説明できること。仮説を立て、それに基づいて情報を選び、判断し、言葉にする。その一連の思考過程こそが、今やマーケターの発想力そのものとみなされつつあります。

生成AIで「考える」が変わる――答えよりも問いの質が問われる時代
生成AIが普及したことで、誰もが「それらしい答え」を手に入れやすくなりました。かつては調査や情報整理に多くの時間を割いていた場面でも、いまやごく短時間で要点をまとめた文章が得られます。たとえば、類似事例の整理、トレンドの仮説立て、業界ごとの特徴の抽出といった作業は、ある程度の前提さえ与えればAIがすぐに出力してくれます。
こうした環境では、出てきた情報そのものよりも、それに至る「問いの立て方」が重要になります。同じ生成AIを使っていても、問いの粒度や切り口によって返ってくる答えはまったく異なります。何を聞くか、どのように聞くかによって、得られる素材の質が変わる――これは、まさにマーケター自身の視点が問われているということです。
また、生成AIはあくまで出力を最適化するツールであり、判断の責任までは負いません。マーケターはそこで終わらず、「この答えは本当に有効か?」「何か見落としていないか?」と自らに問い直す必要があります。AIの出力を鵜呑みにせず、そこから何を選び、どう活用するか。その過程にこそ、個々の思考力が現れます。
さらにいえば、AIの回答に対して「違和感」を覚えることも大切です。どこにズレを感じたのか、なぜそれが自社に合わないのかを言語化できることが、思考の質を深めるきっかけになります。つまり、答えの精度ではなく、自分自身が問い続ける構えが問われているのです。
生成AIの登場により、「考える」とはゼロから何かを生み出すことだけでなく、問いを立て、情報の意味を見極める力へとシフトしつつあります。その視点に立つと、マーケターの役割はより明確になります。答えを出す人ではなく、問いの設計者としてどう動けるか。それが、今後の価値を大きく左右するでしょう。
AIにできない「読み解き」を担うのがマーケター
生成AIは膨大な情報を整理し、要点をわかりやすく提示することに長けています。しかし、その情報が“いま”の市場や状況に本当に合っているのかを見極める力は、依然として人に委ねられています。AIは過去のデータからパターンを導くことは得意でも、現場の空気感や微妙な変化、意図を含んだ沈黙などには対応できません。
たとえば、同じ業界、同じ規模の企業であっても、組織のカルチャーやステークホルダーの意識によって、打ち出すべきメッセージは変わってきます。言葉の選び方ひとつで受け取られ方がまるで違ってしまうような場面で、AIは「どちらを選ぶか」を決めることができません。そこには人間の判断と経験、そして“読み解き”が欠かせないのです。
また、数字として見えるデータだけでなく、見えない前提を読み取ることもマーケターの重要な役割です。なぜこの数字が上がっているのか、あるいはなぜ下がっていても問題が表面化しないのか。定量的なデータの裏側には、組織の事情や意思決定の優先順位など、目に見えない文脈が存在します。AIはそれらを察知することができません。
読み解くとは、単に解釈することではなく、情報と現場をつなぐことです。資料に現れない要素や、説明されていない違和感を拾い上げ、それを判断に活かしていく行為には、人間ならではの知覚が必要です。これは単なる知識量の問題ではなく、「この文脈で何を重視すべきか」という感覚の問題でもあります。
生成AIができることは確実に増えていますが、それはあくまで素材を整える段階までの話です。そこから何を受け取り、どこに注意を払い、どう意味づけるか。その読み解きの過程が、マーケターの役割としてますます重要になっています。
発想と言語化、そのあいだにある補完関係
自分の中に浮かんだ仮説やアイデアを、他者に伝わる言葉として整えることは、決して簡単な作業ではありません。発想の段階では筋が通っているように見えても、いざ文章にしようとすると、前提が曖昧だったり、論理の飛躍があったりと、自分でも気づいていなかった粗が浮かび上がってくることがあります。
こうした場面で、生成AIは「壁打ち相手」として有効に機能します。たとえば、仮説の要点をAIに説明してみることで、自分がどこまで整理できているかが明確になります。逆に、AIに要約や整理を依頼したときに、出力内容に違和感を覚えることもあるでしょう。その違和感の正体を探る過程で、自分自身の考えがより具体化されていくということも少なくありません。
また、発想と説明の間には、往々にして“感覚のズレ”があります。自分では直感的に理解していたつもりでも、それを他人に説明するには手順や背景を補わなければならない。このとき、AIは単なる文章生成ツールとしてではなく、自分の考えを言語として整えるための補助線のような存在になります。言葉にすることで思考が形を取り、その言葉をAIに預けることでまた別の視点からフィードバックが得られる。そうした対話的なやりとりが、思考の密度を高めてくれます。
重要なのは、AIに任せきることではありません。むしろ、AIが出してきた文章に対して、「どこが違うか」「なぜしっくりこないか」を明確にすることで、自分の考えの軸が研ぎ澄まされていく。このプロセスを繰り返すことで、発想は単なるひらめきではなく、再現性ある思考として磨かれていきます。
発想力とは、ゼロから何かを生み出す力だけではなく、それを他者に伝わる形に変換する力でもあります。その変換過程において、生成AIは強力な補完役となり得ます。使い方次第で、考えることそのものが深まり、発想の価値も高められる――この視点は、今後さらに重要になるはずです。
まとめ
生成AIの普及によって、情報を整理したり、一定水準の文章を整えたりする作業は、以前よりも多くの人が手軽に行えるようになりました。その一方で、どの情報に注目し、どのような構成で伝えるかといった判断は、いまだ人の手に委ねられています。
そうした状況では、「どんな問いを立てたか」「どんな視点を持って読み解いたか」といった、思考のプロセスそのものが問われるようになっています。発想の力とは、もはやアイデアの斬新さだけではなく、その背景や意図を言葉として説明し、他者に伝える力とセットで捉えられるようになりつつあります。
生成AIは、そうした説明力や思考の整理を支える存在として有効です。考えを言語化する過程で壁打ち相手となったり、自分の視点に対するフィードバックの素材となったりすることで、発想そのものが深まっていく。AIを使いこなすことが目的ではなく、AIを通じて自分の考えを研ぎ澄ますことに価値があるのです。
「その発想、どこから来たのか」と問われる場面は今後さらに増えていくでしょう。その問いに対して、感覚や経験だけでなく、自分の言葉で筋道を立てて応えられるかどうか。それが、信頼や説得力の差を生み出す決定的な要素になっていくと考えられます。
生成AIが前提となる時代において、「考えられる人」とは、問いを立て、意味を読み解き、それを言語として表現できる人。そうした力を育てていくことが、これからの実務における競争力につながっていくのではないでしょうか。
