2025-05-13
営業戦略を“情報設計”から見直す ― 誰に届け、誰に響くか
BtoB 営業・マーケティング コラム
近年、これまで特定の役職者層に向けたアプローチに活用されていた情報サービスの一部が、利用できなくなるケースが出てきました。それに伴い、一部の企業では「今後どのようにアプローチ先を定めていくべきか」と見直しを迫られる場面も出てきています。
こうした変化は、営業活動における“入り口”の設計に改めて目を向けるきっかけにもなります。ターゲット情報さえ整えば営業戦略が機能する――という前提だけでは、期待通りの成果につながらない場面も少なくありません。たとえ新たなアプローチ先を見つけたとしても、「誰に、何を、どう伝えるか」の設計が伴っていなければ、相手の関心には届きません。
本稿では、営業活動の設計を「情報の届け方」という視点から捉え直すことを提案します。届け先を探すだけでは成果につながらない時代に、手元の情報をどのように活かし、響かせていくか。その考え方を整理していきます。
目次
「伝えたつもり」の営業戦略が陥る罠
営業戦略という言葉には、何を・誰に・どうやって届けるかという要素がすべて含まれています。しかし現実には、「誰に届けるか」や「どの手段で届けるか」に時間を割いたものの、「何をどう伝えるか」の設計が後回しになるケースが少なくありません。
たとえば、ある業種・役職を対象にしたリストが手元にあるとします。そこに対してメールやDMを送る、電話をかけるといった行動を起こす際、「この会社・この肩書なら、この情報で興味を持ってくれるだろう」という前提のもと、営業文面や資料が作られることがよくあります。ところが、その情報が相手にとって“今”必要とされているものでなかったり、受け手の想定と少しでもズレていたりすると、反応が返ってこないまま終わる。つまり、「伝えたつもり」でも、伝わっていないという事態が生じます。
この問題の背景には、情報の届け方が“発信側の都合”で設計されがちだという構造があります。「この資料があるからこれを送る」「このサービスを紹介したいから、それを前面に出す」といった組み立ては、発信の意図が明確である反面、受け手側がどのような情報の流れの中でその内容を受け取るのかという視点が抜け落ちがちです。
営業活動における接点は、年々ノイズが増しています。相手の手元に届く情報量が多くなればなるほど、情報の価値ではなく「見られるかどうか」「拾い上げられるかどうか」が初期反応の分かれ目になります。そのため、「これを見てほしい」という意図だけで設計された情報は、そもそも視界に入らないことすらあるのです。
いま求められているのは、営業戦略=伝達戦略という前提での見直しです。つまり、「誰に届けるか」と同じくらい、「どう伝わる設計になっているか」を戦略の中に含めて考えるということです。たとえリストの質が高くても、伝え方が受け手の期待や想定から外れていれば、その情報は埋もれてしまいます。逆にいえば、情報設計の精度を上げることで、リストの価値や営業活動そのものの成果も引き上げられる可能性があるのです。

なぜ「情報設計」なのか ― 手段に引きずられる営業戦略
営業戦略を考える際、まず浮かぶのは「どうやってアプローチするか」という手段の話です。メールなのか、DMなのか、電話なのか。あるいは展示会やウェビナーといったリアル・オンラインのイベントなのか。選択肢が増えたぶん、こうした“届ける手段”を検討する時間も長くなりがちです。
しかし、気をつけなければならないのは、この「手段」の検討が、いつの間にか営業戦略そのものを決めてしまうという落とし穴です。
たとえば、メールなら件名をどうするか、DMならデザインやキャッチコピーをどうするか、という具合に、媒体ごとの形式に合わせた“最適化”に意識が向きます。それ自体は重要な作業ですが、そこで扱われる情報が「とにかく送る」「とりあえず目を引く」という発想に偏ると、本来伝えるべき内容や順序が置き去りにされてしまいます。
本来、手段は「どう届けるか」の話であって、「何を伝えるか」を決めるものではありません。にもかかわらず、媒体ごとの慣習や定型に引っ張られてしまうことで、結果として営業戦略全体が“手段主導”で組み立てられてしまうのです。
この状況は、情報設計の視点が抜け落ちていることが原因です。
情報設計とは、「誰に、どんな順番で、どの深さまで、何を伝えるか」を設計する行為です。
営業活動における情報設計がしっかりと考えられていれば、手段ごとの最適化も「伝えたいことがきちんと伝わるための工夫」として機能します。逆に、情報設計がないまま手段だけが先行すれば、相手に届くのは“枠に収まった情報”だけになってしまい、期待する反応は得られません。
今後、リストやアプローチ先を見直していく企業が増える中で、単に「別のリストを探す」「別の手段を試す」という動きだけでは成果は頭打ちになります。重要なのは、届けるべき情報の設計そのものを再考することです。
どんな手段を選ぶとしても、情報設計が戦略の土台にあれば、リストの価値も営業施策の効果も引き上げることができます。「手段に合わせた情報」ではなく、「伝えたい情報を最適な形で届ける」ための設計。それこそが、営業活動を前に進めるために不可欠な視点なのです。
「誰に届けるか」だけでは足りない ― 受け手の“状態”を捉える
営業活動において、「誰に届けるか」を考えることは当然の前提です。業種、規模、役職、地域といった属性情報を基に、アプローチ先を選定するのは基本的なステップといえます。しかし、それだけでは“反応を得る”という次のステージに進めない場面が増えています。
その理由の一つが、相手が「どんな状態で」その情報に触れるかという視点が抜けがちであることです。
たとえば、同じ業種・同じ役職の相手に同じ情報を届けたとしても、受け取るタイミングや置かれた状況によって、反応はまったく異なります。
- 日々多忙でメールをざっと流し読みする状態
- 課題意識はあるが、まだ具体的な検討に至っていない状態
- 過去に一度提案を受けたが、当時は優先順位が低かった状態
こうした「受け取る側の状態」は、外から完全に読み取ることはできません。しかし、だからこそ相手の状態に幅を持たせた情報設計が求められます。
重要なのは、「この情報は、どんな状態の相手にどう届くか」を想像しながら情報を組み立てることです。たとえば、
- いきなり提案を押し付けず、「まずは状況を問う」アプローチ
- 決裁権者ではない読み手にも理解しやすい“背景説明”を添える
- 繰り返し目に触れることで“思い出させる”前提の設計
こうした配慮があるだけで、相手が“今すぐ”検討フェーズにいない場合でも、後々の反応率に差が出ます。
逆に、属性情報だけを頼りに一方的に「役職者ならこの情報が刺さるはず」と決めつけると、相手の状態に合わないメッセージを投げ続けてしまうことになります。その結果、本来は関心を持ち得たはずの相手にすら届かず、機会を逃してしまうのです。
営業活動における「情報設計」は、相手の状態に幅を持たせ、どのタイミングで触れても“意味がある”設計であることが理想です。もちろん、すべての状態を予測し尽くすことはできませんが、最低限「状態に合わせた情報の入り口」を複数用意しておくことは可能です。
「誰に届けるか」だけでなく、「どんな状態で受け取るか」に目を向ける。
この視点こそが、リストの持つ本来の価値を引き出し、営業活動の反応を変えていく鍵になります。
情報の粒度と順序で戦略の骨格は変わる
営業活動で届ける情報は、その内容そのものだけでなく、「どの粒度で伝えるか」「どんな順序で展開するか」によって相手の反応が大きく変わります。
よくあるのが、「せっかく作り込んだ資料だから」と、最初から細部まで一気に伝えようとするケースです。しかし、初めてその情報に触れる相手に対して、いきなり詳細なスペックや料金体系を提示しても、相手は“自分に関係がある話かどうか”を判断する前に離脱してしまいます。逆に、あまりに抽象的で一般的な話だけでは、「よくある話」として流されてしまうでしょう。
つまり、情報は“どれくらい細かく伝えるか”と“どのタイミングで伝えるか”を設計しなければ、本来の価値が伝わらないのです。
このとき軸になるのが、情報の階層設計という考え方です。
営業活動における情報は、以下の3段階に分けて考えると整理しやすくなります。
① 気づかせる情報(導入)
相手に「これは自分に関係がある」と思ってもらうためのきっかけとなる情報。
課題の提示、業界動向、簡潔なベネフィットなどがここに含まれます。
② 惹きつける情報(主張)
導入で関心を持った相手に対し、自社の強みや他社との違いを伝えるフェーズ。
具体的な提供価値や導入事例などが適します。
③ 納得させる情報(根拠)
導入・主張を経て、より深い理解や検討を促すための詳細情報。
仕様、実績、コスト、導入までのプロセスといった具体的な裏付け情報がここに入ります。
この順序を誤ると、相手の関心をつかむ前に情報過多で離脱されたり、逆にせっかくの強みが薄く伝わってしまったりします。
また、この情報の階層は接触の回数や手段ごとに調整が必要です。
初回のメールなら①だけ、興味を示した相手には②まで、個別打ち合わせや資料送付では③も含める、といった設計が求められます。
一律に同じ情報を送り続けても、相手側の“受け止められる量”には限界があるため、適切な粒度で段階的に伝える工夫が営業成果を左右します。
リストがいかに的確でも、情報の粒度や順序を間違えれば反応は得られません。逆に、設計が整っていれば、同じリストでも反応率に差が出ます。
営業戦略の骨格とは、届ける情報の“中身”だけでなく、その“構造”そのものによって形作られるものなのです。
仕組みとして組み込むための視点 ― 情報設計を属人化させない
営業活動における情報設計の重要性は理解していても、いざ実行に移すとなると「できる人に任せる」形になりがちです。経験値の高い営業担当者や、特定の案件に強いメンバーが個々に工夫している――こうした属人的な対応でも、短期的な成果は上げられるかもしれません。
しかし、営業戦略として成果を安定させるには、
そもそも営業活動は、マーケティング部門と営業部門、それぞれ異なる立場の人が関わる業務です。それぞれが持つ視点や言語感覚が微妙に異なる中で、「どんな情報を、どんな順番で、どの粒度で伝えるか」を個別に判断していては、相手に届くメッセージもバラついてしまいます。
この属人化を防ぐためには、情報設計そのものを“共通の考え方”として整理し、共有することが重要です。
たとえば、以下のような整理が有効です。
- 「営業メールで伝えるべき情報の順序」
- 「初回接触時に提示する情報のレベル感」
- 「相手の関心度に応じた情報の切り分け方」
こうした方針は、テンプレートやスクリプトのような固定的な“形”に落とし込むだけでは不十分です。大切なのは、「なぜこの順序なのか」「なぜこの粒度で伝えるのか」という設計思想を共有することです。
そのためには、社内でのナレッジ化や、部門間での前提すり合わせが欠かせません。属人化を防ぐとは、優秀な個人のやり方を“薄める”ことではなく、その思考の順序や判断基準を見える化し、再現性を高めることを意味します。
特に、リスト営業やアウトバウンド活動においては、「アプローチ先に何をどう伝えるか」という部分が営業活動の質を左右します。手元のリストをどう活かすかは、情報設計の仕組み化ができているかどうかにかかっていると言っても過言ではありません。
手段を増やす、リストを増やすといった“量”の打ち手だけでなく、“伝わる仕組み”を社内に持つことが、営業戦略の地力を底上げする鍵となります。
まとめ ―「届けた」ではなく「届いた」基準で戦略を振り返る
営業活動において、「情報を届ける」こと自体はさほど難しくありません。メールを送る、DMを発送する、電話をかける――手段はいくらでもあります。しかし、本当に重要なのは、「届けたかどうか」ではなく、「相手に届いたかどうか」です。
手元にどれほど精度の高いリストがあっても、伝え方がずれていれば相手には響きません。逆に、情報設計が的確であれば、同じリストでも成果が変わります。ここで求められるのは、単なる接触回数やアプローチ件数ではなく、“伝わる前提”がきちんと設計されているかという視点です。
情報設計とは、相手にとって自然に受け取れる形で、適切な順序と粒度で情報を届けるための設計図です。誰に、どんな状態で、どんな気持ちで情報が届くのかを考え抜くことで、営業活動は“数を打つ”ものから“届け方で差をつける”ものへと進化します。
また、こうした情報設計の考え方は、リストの価値を高めることにも直結します。他社のサービスが使えなくなった時、自社で持つリストが改めて見直される機会は増えるでしょう。しかし、それはリストそのものの良し悪しだけではなく、リストをどう活かすかの設計力次第で成果に差がつく場面でもあります。
大切なのは、「伝えたいこと」を起点に手段を選ぶのではなく、「相手にどう伝わるか」を起点に情報を設計すること。
営業戦略を“情報設計”から見直すという視点が、これからの営業活動において一層重要になっていくはずです。
