2025-10-24
“顔が見えない営業”を支える、言葉の設計力
BtoB 営業・マーケティング コラム
オンライン商談が日常になり、「会わずに伝える」ことが営業活動の大部分を占めるようになりました。しかし、非対面の営業環境では、これまで当たり前だった“人の印象”や“空気の伝わり方”が機能しづらくなっています。熱意や誠実さだけでは届かない時代に、成果を分けるものは何か――その答えの一つが「言葉の設計力」です。
言葉をどう並べるか、どんな順序で理解を導くか。その設計次第で、相手の受け取り方も、信頼の築き方も変わります。本稿では、非対面の営業を支える「言葉の設計力」を、情報設計の観点から考えます。単に“話し方”を磨くのではなく、理解が生まれる構造をどう組み立てるか――その方法論を掘り下げます。
目次
非対面の営業で問われる「言葉の精度」
営業活動の多くがオンライン化した今、商談の場における「伝える力」の意味が変わりつつあります。これまでの対面営業では、話し手の表情、声の抑揚、姿勢、沈黙の取り方など、非言語的な要素が相手の理解を補っていました。ところが非対面では、カメラ越しに得られる情報が限られ、通信の遅延や視線のズレによって感情の機微が伝わりにくくなります。結果として、言葉そのものが理解の中心を担う状況が生まれています。
たとえば、従来は表情や空気感によって「伝わっていた」説明が、オンラインでは唐突に感じられたり、誤解を招いたりすることがあります。これは、単なる「話し方の違い」ではなく、情報の設計そのものに起因する問題です。つまり、言葉をどの順序で、どの構造で届けるかが成果を左右する時代になったということです。
この変化は、一見すると表層的な「ツールの違い」に見えます。しかし本質的には、顧客が受け取る情報の“構造のあり方”が変わったことにあります。対面では、相手の反応を見て柔軟に補足や修正ができましたが、オンラインではその「即興的補正」が働きません。だからこそ、言葉の順序や文脈をあらかじめ設計する力が求められるのです。
この力を、従来のプレゼン技術や説明スキルの延長と捉えるのは不十分です。いま営業に必要なのは、発話の表現力ではなく、理解を設計するための構造的思考です。いわば「情報設計」の領域を営業活動の中心に置く発想です。
近年、企業の営業部門でも「ナレッジ共有」や「会話設計」といった言葉が広まりつつあります。それは、属人的な経験や勘に頼るのではなく、相手が理解しやすい構造を仕組みとして再現する方向へのシフトを意味します。言葉の精度を上げることは、単に伝達効率を高めるだけでなく、顧客理解の質そのものを変えていく試みなのです。
また、オンラインでは「集中力の持続」が構造設計の前提になります。人は画面越しの情報に対して、対面よりも短い時間しか注意を向けられないことが多いと言われています。このため、重要な情報を前半に配置し、話の展開が自然に流れるように設計することが欠かせません。つまり、営業の言葉づかいを「設計」するとは、相手の理解を想定しながら時間軸で構造を描くことなのです。
さらに、オンラインでは相手の表情や反応を把握しにくいため、「その場で補う」ことが難しくなります。この制約を補うには、話の流れに“予防線”を張る設計が有効です。たとえば「ここまでは共通理解としてよろしいでしょうか」と節目ごとに確認を入れることで、相手の理解を可視化できます。こうした仕組みもまた、情報設計の一部と言えるでしょう。
つまり、非対面の営業における「伝える力」は、話術や資料の見せ方よりも、構造を設計する力の比重が高まっているのです。そしてその構造こそが、相手の理解を支え、最終的には信頼の形成につながっていきます。
営業に求められるのは「情報設計スキル」
非対面の商談では、顧客が受け取る情報の多くが言葉に集約されます。表情や視線、空気感といった非言語情報が乏しいため、営業担当者がどの順序で何を提示するかが、理解の深さを左右します。ここで重要になるのが「情報設計スキル」です。これは単なる話し方や資料づくりの技術ではなく、相手の認知の流れを読み取り、情報の提示順序や構成そのものを設計する力を指します。
オンラインでは、集中力の持続が構造設計の前提になります。ビデオ会議の環境では非言語的手がかりが少なく、複数の刺激を同時に処理する必要があるため、対面よりも注意資源の消耗が大きく、集中の維持が難しくなると報告されています(出典:Riedl, R. The Definition and Root Causes of Zoom Fatigue, 2021)。
また、オンラインでは「気が散る行動」も増えやすいことが示されています。大学生を対象にした実証研究では、オンライン授業中のマルチタスク行動が対面より有意に多く、注意の途切れが生じやすい傾向が確認されました(出典:College Students’ Distractions from Learning Caused by Multitasking in Online vs. Face-to-Face Classes, 2022)。
このため、重要な情報を前半に配置し、話の展開が自然に流れるように設計することが欠かせません。つまり、営業の言葉づかいを「設計」するとは、相手の理解を想定しながら時間軸で構造を描くことなのです。
さらに、オンラインでは相手の表情や反応を把握しにくいため、「その場で補う」ことが難しくなります。この制約を補うには、話の流れに“予防線”を張る設計が有効です。たとえば「ここまでは共通理解としてよろしいでしょうか」と節目ごとに確認を入れることで、相手の理解を可視化できます。こうした仕組みもまた、情報設計の一部と言えるでしょう。
つまり、非対面の営業における「伝える力」は、話術や資料の見せ方よりも、構造を設計する力の比重が高まっているのです。そしてその構造こそが、相手の理解を支え、最終的には信頼の形成につながっていきます。
言葉の「順序」がつくる理解の深度
非対面の商談では、相手の理解を助けるのは「話の順序」です。どれほど内容が正確でも、相手の思考の流れに沿っていなければ伝わりません。つまり、営業で成果を上げるためには、何を話すかだけでなく「どの順番で理解されるか」を意識する必要があります。
この「順序設計」は、情報設計スキルの中核をなす要素です。たとえば、相手の関心や課題に直接つながる話題を最初に置き、そこから自社の解決策へと展開する。逆に、自社の説明から入ってしまうと、聞き手の頭の中では「自分に関係ある話かどうか」の判断がつかず、最初の数十秒で注意が離れてしまうことがあります。
順序を設計するうえでの第一歩は、「相手の判断プロセスを可視化すること」です。顧客が何を重視して比較・検討しているのか、どの段階で迷いや懸念が生まれるのかを整理し、その流れに沿って情報を配置します。とくにオンラインでは、対話が断続的になりやすく、途中の質問や中断を経ても理解が再開できる構造が重要です。
また、順序の中に「リズム」を設けることも効果的です。話の流れを「提示―理解―確認―次の提示」と小さく区切ることで、相手の頭の中で情報が整理されやすくなります。教育心理学や認知心理学の分野では、こうした情報のまとまりごとの整理を「チャンク化(chunking)」や「セグメンティング効果(segmenting effect)」として説明しています。人は情報を一定の単位に分けて処理することで、理解や記憶が促進されることが知られています。
営業の現場では、言葉を磨くことももちろん重要ですが、構造を意識して磨くことで、より伝わりやすく、効率的な対話を設計できます。相手が自然に理解し、納得に至るまでの時間を短縮できれば、過度な説明や説得に頼らなくても信頼が生まれます。言葉の順序とは、情報を「届ける」ための手段ではなく、「理解を設計する」ための仕組みなのです。
理解構造をチームの資産に変える
オンラインを前提とした営業では、個々のスキルよりも「共通の理解構造」を持っているかどうかが成果を左右します。担当者ごとに説明の流れが異なれば、顧客は毎回「話を最初から聞き直す」状態になり、理解の再構築に余分な負荷がかかります。反対に、どの担当者も一貫した構造で話せる組織では、顧客の理解も積み重なりやすく、商談の生産性が高まります。
そのために必要なのは、「構造を属人化させない」ことです。たとえば、成約に至った商談で使われた説明の順序や資料構成、顧客が理解に至ったトリガーとなる言葉を抽出し、それをチームで共有・再利用できるようにします。こうした情報を整理して「理解パターン」として蓄積すれば、属人的な“話し方”ではなく、共有可能な“理解の設計図”として活用できます。
理解構造を共有資産にするには、運用ルールの整備が欠かせません。まず、商談記録や議事メモを単なる履歴ではなく、「どの順序で理解が進んだか」を軸に整理します。次に、それを他の担当者が利用できるようフォーマット化し、定期的に更新・検証します。これにより、構造そのものを“検証可能なナレッジ”として扱えるようになります。
こうした取り組みの積み重ねによって、チーム全体の思考や説明がそろい、商談の場での「伝わり方」にばらつきが出にくくなります。つまり、構造の共有は単なる“営業手法の統一化”ではなく、顧客がどの担当者と話しても同じ理解体験を得られる状態をつくる営みです。
結果として、営業チームの一人ひとりが「構造を意識して話す」文化を持つようになると、個々の経験値がチーム全体の知見に変わり、言葉の設計力そのものが組織の信頼資産として積み上がっていきます。非対面の時代において、「理解の構造を設計できるチーム」は、それ自体が競争優位となるのです。
まとめ ― 言葉を設計できる営業が、信頼を設計する
非対面での営業が主流になりつつある今、「伝える」だけの言葉では、もはや十分ではありません。相手の理解がどの順序で進むかを想定し、その道筋を設計できるかどうかが成果を分けます。言葉の巧みさではなく、構造の緻密さが信頼を形づくる時代に変わったのです。
その構造を支えるのが「情報設計スキル」です。限られた時間で相手の注意をつなぎ、理解を積み上げるには、情報の認知・構造・順序を設計する力が欠かせません。オンラインでは、話し手が意図する流れと、相手が頭の中で再構成する流れが必ずしも一致しないため、そこをつなぐ仕組みを意識的に作ることが求められます。
そして、こうした設計は個人の感覚や経験に依存するものではなく、チームで共有できる“思考の型”として扱うことができます。構造を言語化し、検証と更新を繰り返すことで、営業チーム全体が「わかりやすく伝わる」文化を持つようになります。
言葉の設計力とは、単に上手に話す力ではありません。相手の理解を支え、その理解が積み重なる関係を設計する力です。画面越しの会話が当たり前になった今こそ、営業の価値は「どれだけ伝えたか」ではなく、「どれだけ相手に理解を残せたか」で測られるべきなのです。








