2025-05-27
つくるから選ぶへ ― 生成AI時代の“発信”設計の考え方
BtoB 営業・マーケティング コラム
誰に何を伝えるか。この問いに対して、これまでのマーケティングでは「どうつくるか」に重きが置かれてきました。発信とは表現物をつくる技術であり、制作の巧拙がそのまま成果を左右するものだったといえます。
しかし、生成AIの登場と急速な普及によって、状況は大きく変わってきました。コピーや画像、動画といった表現素材を、誰でも一定の品質で簡単に生成できるようになりつつあります。その結果、「何を、どのようにつくるか」以上に、「数ある候補の中から何を選び、どう活かすか」が問われるようになってきました。
表現物が手に入りやすくなった今、発信の価値は“つくる力”から“選ぶ力”へと重心を移しつつあります。本稿では、この変化がマーケティングにどのような視点の転換をもたらすのかを考えていきます。
生成AIが変える“表現”の意味
マーケティングにおける発信は、長らく「どんな表現をつくるか」が中心に据えられてきました。言葉の選び方、構図、色使い、タイミング。ひとつひとつの表現がブランドの印象や成果に直結するからこそ、制作には時間もコストもかける価値があるとされてきたのです。
しかし、生成AIの登場により、その前提は急速に揺らぎ始めています。画像生成やコピー生成、動画編集など、これまで専門的なスキルが必要だった領域が、誰でも数分で試せるものに変わりつつあります。しかも、その品質は決して“お試しレベル”ではなく、十分に実務で使える水準に達しています。
こうした環境の変化が意味するのは、表現の「制作」が誰にとっても容易になったという事実だけではありません。それ以上に重要なのは、「よくできたもの」があふれる中で、それが受け手にどう届き、どう作用するかという“選び方”のほうに価値が移っている点です。
いまや、ある画像やコピーが生成できるかどうかよりも、それが対象の相手に適切か、伝える文脈に合っているか、他と比べて選ばれるだけの理由があるかどうかが問われています。生成技術そのものよりも、生成されたものを見極め、選び取る力が結果に直結する時代が来ているのです。
表現をつくるスキルが希少だった時代とは異なり、「誰もがつくれる」ことを前提とした競争が始まっています。この変化は、単なる技術の進化ではなく、マーケティングの設計思想そのものを見直すきっかけになるといえるでしょう。

“選ぶ”力がマーケティングに問われている
生成AIによって表現素材が手軽に手に入るようになったことで、「つくれること」そのものの価値は相対的に下がりつつあります。たとえば、従来であれば時間をかけて何案も練った広告バナーも、いまではAIに複数案を一瞬で出してもらえる時代です。では、その中からどれを使うかはどう決めるのでしょうか。
ここで問われるのが、「選ぶ力」です。ただ見た目が整っている、流行に乗っている、あるいは“無難そうに見える”といった理由では、最終的な効果にはつながりにくくなっています。むしろ、AIが生み出す候補群には、そうした“見栄えの良い”表現がいくらでも含まれているからこそ、差が出にくいのです。
選ぶ力とは、単に好みで判断することではありません。どの表現が誰に届くのか、どの切り口が相手の課題意識にフィットしているのか、どのトーンが読み手にとっての“自然な入り口”になるのか。こうした判断は、表現そのものの評価以上に、相手への理解や目的との整合性を問われます。
さらに、選ぶという行為には責任も伴います。「なぜそれを選んだのか」という理由をチーム内で説明し、必要であれば修正し、成果と結びつけて評価するという一連のプロセスも不可欠です。出力されたものの中から何となく“良さそう”なものを選ぶのではなく、狙いを持って“意図的に”選ぶことが成果につながる時代になってきています。
表現物が均質化しやすい今こそ、どのような基準で選び、どう活かすかという部分にこそ、マーケティングの力量が現れるといえるでしょう。
選択眼を養うための環境設計
生成AIによって多様な表現素材が瞬時に得られるようになった今、求められるのは「良いものを選ぶ個人のセンス」だけではありません。むしろ、チームとしてどう判断し、どう意思決定していくかという“環境そのもの”が成果を左右する場面が増えています。
まず前提として、判断の精度は入力情報の質に大きく依存します。誰に向けたものなのか、相手はどのような文脈で受け取るのか、どのような目的に沿って発信するのか。こうした背景が不明確なままでは、どれほど表現が整っていても「適切な選択」はできません。素材の比較がしやすい状態、判断基準が共有されている状態、ターゲットや目的が明確になっている状態。こうした情報の土台が整っていなければ、AIがいくら候補を出しても判断は属人的で曖昧なままです。
また、実際の選定プロセスにおいても、選びやすい仕組みをどう設計するかが問われます。たとえば、候補案を並べて「どれが一番良いか」を決めるだけではなく、「どの要素が誰にどう働くか」「何を重視して選ぶのか」を明示したうえで比較検討する視点が求められます。単なる見比べではなく、選ぶ理由と捨てる理由を明文化することが、精度の高い判断につながっていきます。
このとき重要なのは、最終判断を下す人物だけが優れていればよいという話ではない点です。判断の前提となる情報が整っていること、複数の視点での意見交換ができること、目的との照らし合わせが常に行えること。そのすべてが“選びやすさ”を支える要素です。
「選べる状態をつくる」という視点は、これまであまり重視されてこなかったかもしれません。しかし、生成AIによって素材があふれる環境では、この“状態づくり”が選択眼を養う土壌として、極めて重要な役割を果たします。
マーケティングチームに求められる視点
生成AIが発信の現場に入り込むことで、チーム内での役割や判断のあり方も少しずつ変化しています。これまでは、誰が何を「つくるか」を起点にしてタスクが割り振られていたところから、「出てきた案を誰がどう選ぶか」「それをどう活かすか」という視点が求められるようになっています。
この変化は、単にAIを使いこなせる人材が必要になるという話ではありません。むしろ重要なのは、AIが出力した候補をどう評価するか、判断をどう共有するか、チームとして納得できる形で選択のプロセスをどう構築するかという点です。
たとえば、複数の案を見て「これが良さそう」と感じるだけではなく、なぜそれを選ぶのか、どのような相手にどう響くのか、その選択がどの目的に沿っているのかを、チーム内で共有できる状態が必要です。こうした視点がなければ、せっかくAIが生み出した候補も、ただの“出来のいい案”のひとつで終わってしまいます。
また、判断の質を高めるうえでは、チーム内の意見交換や認識のすり合わせが欠かせません。どの視点を重視するか、どの要素を比較の軸にするかといった共有がないままに個人が判断を積み重ねると、意図しない方向に進んでしまうリスクもあります。選択の基準が属人的であるほど、成果との因果関係も見えにくくなります。
こうした状況をふまえると、これからのマーケティングチームには「出力されたものを活かす力」が求められるといえます。発信物を“つくるスキル”よりも、“選び、磨き、伝えるスキル”に重心を置いた体制づくりが必要です。表現の質を担保するのは、もはや一人のクリエイターではなく、選択と共有のプロセスを設計できるチームそのものなのです。
まとめ ― “伝え方を選ぶ力”が問われる時代
生成AIの進化は、発信の現場に大きな変化をもたらしました。「時間と労力をかけてつくること」に価値が置かれていた時代から、「誰でもすぐにつくれる時代」へと移行する中で、マーケティングに求められる視点も変わりつつあります。
表現そのものの質は、AIによって一定以上の水準を保つことが可能になりました。その一方で、それらをどう選び、どう活用するかといった“判断のプロセス”が新たな差別化の源になっています。ただの素材ではなく、目的や相手に即した発信へと変換するには、選ぶ力とその背景にある理解力が欠かせません。
そしてこの選ぶ力は、個人の感覚だけでなく、チームの前提共有や環境設計にも左右されます。判断に必要な情報が整っているか、意図を説明し合える土台があるか、選択の理由を言語化できるか。これらの要素がそろってこそ、生成AIの出力が成果につながる武器になります。
もはや発信は、「何がつくれるか」ではなく「どれを選び、なぜそれを使うのか」を問われる領域になりました。生成AIが発展するほど、表現の重みは技術から判断へと移行していきます。
この時代において発信の価値を支えるのは、つくる力よりも、“伝え方を選ぶ力”なのです。
