2025-07-10
フライホイールモデルで生まれる循環型ビジネス
BtoB 営業・マーケティング コラム
ビジネスの成長を考えるとき、多くの企業では「どのように新規顧客を増やすか」という視点が中心になりがちです。しかし、実際には一度きりの取引で終わるのではなく、既存顧客との関係を深め、継続的な価値提供や新たなビジネスチャンスにつなげる取り組みが、事業全体の安定や成長に大きな影響を与えるようになっています。
こうした背景のもとで注目されているのが「フライホイールモデル」です。顧客の獲得、関係の深化、価値の最大化といった活動を、部門や組織の枠を越えて循環させることで、企業としての成長エンジンを力強く回し続ける発想です。
本記事では、フライホイールモデルの基本的な考え方から、現場で循環を生み出すための具体的なアプローチ、導入時に直面しやすい課題までを整理します。従来のやり方に手詰まり感があるとき、循環型の視点がどのような可能性をもたらすのか、ぜひ参考にしてください。
フライホイールモデルとは何か
「フライホイールモデル」とは、ビジネスの成長を一方向の流れとしてではなく、循環する動きとして捉える考え方です。もともとは物理学の分野で使われていた言葉ですが、近年は企業経営やマーケティングの分野でもよく耳にするようになりました。
フライホイール(flywheel)は日本語で「はずみ車」とも呼ばれ、回転の勢いを蓄え、安定して動き続ける仕組みを指します。これをビジネスに当てはめると、「顧客との接点」「提供する価値」「社内の仕組み」など、さまざまな要素が連動しながら回り続けることで、企業の成長エネルギーが生まれるというイメージになります。
従来多くの企業で用いられてきた「ファネル型」のモデルは、見込み客を上から下へと段階的に絞り込んでいく一方向のプロセスが基本です。しかし、フライホイールモデルでは、顧客との関係や事業活動が一度で終わるのではなく、得られた成果や顧客の体験を次の活動へとつなげ、全体を継続的に回していくことに主眼が置かれています。
この循環がうまく機能すれば、顧客との信頼関係やブランドの評価が積み上がり、自然と新たな顧客やビジネスチャンスも生まれやすくなります。営業、マーケティング、サポートなど、各部門が一体となって「車輪」を回すように働きかけることで、企業活動全体が次第に加速していくのが特徴です。
ビジネスの現場でこのモデルを意識することで、「売る」「支える」「つなげる」といった活動が分断されることなく、お互いに作用し合いながら成長のサイクルを生み出すことが可能になります。

なぜ今フライホイールモデルなのか
フライホイールモデルは、単なる理論上の話ではなく、実際にさまざまな企業が関心を寄せ、その導入や実践が広がりつつある考え方です。特に、顧客との関係が長期にわたるBtoB領域や、サブスクリプション型のサービスを展開する企業では、このモデルを戦略の軸とする動きが目立つようになっています。
背景にあるのは、「一度売って終わり」という発想だけでは、顧客の期待や市場の変化に応えきれなくなってきている現実です。新規の顧客を獲得するためのコストが年々上昇し、既存顧客との関係性の維持や、そこから新しいビジネスチャンスを生み出す重要性が増しています。
フライホイールモデルでは、顧客との接点を継続的に強化し、サービスの体験や満足度を向上させることが次の成長につながるという循環的な発想が中心となります。たとえば、既存顧客からの紹介や継続利用が新たな売上やリードにつながることで、広告や営業活動に頼りきらない成長のサイクルを作ることができます。
また、近年はカスタマーサクセスやカスタマーエクスペリエンスといった分野への注目も高まり、「顧客の成功や体験こそが企業の推進力になる」という認識が広まっています。こうした背景のもと、ファネル型の一方向的なプロセスにとどまらず、顧客とともに成長し続けるための仕組みとして、フライホイールモデルが再評価されているのです。
今後も、顧客との関係性を重視する企業や、既存のやり方に限界を感じている現場では、この循環型モデルの導入や発想の転換が、ますます重要になっていくと考えられます。
フライホイールの3つの主軸
フライホイールモデルの大きな特徴は、「ビジネス活動が一方向ではなく、複数の要素が循環しながら推進力を生み出す」点にあります。その中心となるのが、「顧客の獲得」「エンゲージメント(関係の深化)」「価値の最大化」という3つの主軸です。この3つはそれぞれが独立しているのではなく、密接に関わり合いながら、全体のサイクルを力強く回し続ける役割を果たします。
まず、「顧客の獲得」は、事業の出発点として欠かせない取り組みです。新しい顧客に自社の価値を知ってもらい、最初の接点を持つことは、どんなビジネスにも共通する課題です。しかしフライホイール型の発想では、単に顧客を増やすこと自体が目的ではありません。ここで生まれた接点が、のちのエンゲージメントや価値向上のための第一歩となります。
次に、「エンゲージメント」は、獲得した顧客とどのような関係を築くかというテーマです。単なる購入や契約だけでなく、継続的なコミュニケーションやサポートを通じて、顧客との信頼関係を深めていくことが重視されます。顧客が感じる満足や安心感が強まることで、自発的なリピートや紹介といったプラスの循環が生まれやすくなります。
そして「価値の最大化」は、既存の顧客一人ひとりに対して、どれだけ多くの価値を提供できるかという視点です。サービスの利用範囲を広げてもらったり、アップセル・クロスセルによってさらなる成果を実感してもらったりと、顧客の成功や事業成長を自社の成長につなげていくイメージです。
この3つの主軸は、営業、マーケティング、サポートなど社内のさまざまな部門が連動することで、はじめて十分に機能します。それぞれの活動が「車輪の一部」として作用し合い、どこか一つでも弱くなると、フライホイール全体の回転も鈍くなります。逆に、すべての軸がしっかりと連携し、継続的に強化されていけば、顧客基盤やブランドの信頼が積み上がり、事業全体の推進力も自然と高まっていきます。
循環を生み出すためのアプローチ
フライホイールモデルを単なる理想論で終わらせず、実際に“循環”として機能させるためには、日々の業務や組織運営の中でいくつかの具体的な仕組みや取り組みを設けることが欠かせません。ここでは、現場レベルで実践可能なアプローチをいくつか紹介します。
まず、重要になるのは顧客との接点を一過性で終わらせない仕掛け作りです。例えば、納品やサービス提供が終わった後も、定期的なフォローアップや情報提供を続けることで、顧客の状況や課題をタイムリーに把握できます。このようなやり取りを通じて、顧客の声を継続的に収集し、社内で共有することがフライホイールの回転力を生み出します。
次に、部門横断での情報連携とフィードバックの仕組みを整えることがポイントです。営業・マーケティング・カスタマーサポートが個別に動くのではなく、得られた顧客情報や課題、成果事例をタイムリーに全社で共有する仕組みを作ることで、次の営業活動やサービス改善につなげることができます。ツールの活用や定期的なミーティングを通じて、情報が途切れず循環する状態を意識的に設計することが大切です。
さらに、顧客に提供できる価値の幅を広げる取り組みも循環を強める要素となります。たとえば、導入後の活用支援やアップセル・クロスセルの提案、関連サービスの紹介など、単発の取引に終始せず、顧客の成功や満足度の向上につながる施策を積み重ねることで、リピートや紹介といった新たな動きが自然と生まれやすくなります。
また、顧客の声や利用データをサービス改善や新規提案に反映するサイクルも不可欠です。現場で得られたフィードバックを単なるアンケートや報告書で終わらせるのではなく、実際に商品開発やサービス運営に組み込むことで、顧客との循環が現実の成果につながっていきます。
最後に、顧客同士のネットワーク形成やコミュニティづくりといった発想も、フライホイールをより強く回すための工夫となります。ユーザー同士の交流や情報共有の場を設けることで、顧客自身が次の顧客を呼び込む循環も生まれてきます。
これらの取り組みは、どれか一つだけを実践するというよりも、複数を組み合わせて進めていくことで、フライホイールの“回転力”が徐々に強まり、社内外に良い循環が生まれていきます。重要なのは、一方通行のやり方から脱却し、常に顧客の変化や声を事業の中心に据え続けることです。
フライホイールモデル導入時に考えるべきこと
フライホイールモデルを現場で実践しようとすると、理論通りには進まないことも多くあります。実際に導入を試みる際、さまざまな課題や障壁が浮き彫りになるものです。ここでは、現場でつまずきやすいポイントや注意したい点について整理します。
まず、よくある壁の一つが部門間の協力体制が形だけになりやすいことです。営業、マーケティング、カスタマーサポートなど、それぞれの部門が従来通りの役割分担や目標を重視したままだと、情報共有や協力が思うように進みません。例えば、成果が個人単位や部門単位で評価される仕組みのままだと、全体最適よりも自部門の数字を優先する傾向が残り、フライホイールの循環が鈍くなってしまいます。
また、既存の評価指標やKPIの見直しが必要になるケースも少なくありません。たとえば、短期的な新規獲得件数や売上だけを重視していると、既存顧客への価値提供や長期的な関係構築へのモチベーションが高まりにくくなります。フライホイールモデルを定着させるには、部門横断の成果や、顧客の継続利用・満足度といった項目を指標に含めるといった工夫が求められます。
さらに、社内の情報共有やデータ活用がスムーズに進まない場面も多く見られます。せっかく顧客の声や利用データを集めても、部門ごとに情報が分断されたままだと、迅速なサービス改善や提案に生かしきれません。システム面だけでなく、日常的なミーティングやコミュニケーションのルールづくりも合わせて検討することが大切です。
従来の仕事の進め方や組織文化の影響も無視できません。一度決めた役割分担や評価制度を見直すことには抵抗がつきものです。特に、個々の業務が忙しい現場では、「新しい取り組み」が負担と受け取られてしまうこともあります。こうした場合は、すべてを一気に変えるのではなく、小さな成功例を積み上げていくことで現場の納得感や自発性を引き出すアプローチが有効です。
最後に、ツールやシステム導入のギャップにも注意が必要です。理想のフライホイール像を描いて最新ツールを導入しても、現場の運用や定着が伴わなければ効果は限定的です。現実的な運用フローや、誰が何を担当するのかを明確にし、定着までのプロセスを段階的に設計することがポイントとなります。
フライホイールモデルの導入は、単なる“新しい手法の採用”にとどまりません。日々の現場のやり方、評価軸、情報の流れ、組織全体の考え方までを少しずつ変えていくプロセスです。壁にぶつかったときは、なぜその課題が生じているのかを掘り下げながら、一つ一つの仕組みやルールを現場の実情に合わせて見直していくことが、循環型の成長につなげるための現実的なアプローチになります。
まとめ
フライホイールモデルは、事業の成長を単なる一方向の流れではなく、さまざまな活動や顧客との関係が相互に影響し合い、循環し続ける仕組みとして捉える発想です。このモデルを現場で機能させるためには、顧客との接点を一過性で終わらせず、社内の部門を越えた情報連携や、顧客の声を継続的に事業へ生かしていくための工夫が欠かせません。
実際の導入にあたっては、既存の分業型の体制や評価制度との調整、情報共有の仕組みづくり、組織風土の見直しなど、さまざまな壁に直面することもあります。しかし、こうした課題を一つずつ解決し、現場の小さな成功を積み重ねていくことで、フライホイールの循環は着実に強まっていきます。
一度導入すれば終わりではなく、日々の業務や顧客の変化に合わせて仕組みを見直し続けることが、長期的な事業成長につながります。循環型の発想を組織全体で共有し、現場ごとの工夫を重ねながら、止まらない成長のサイクルを育てていくことが、これからのビジネスにおいてますます重要になっていくでしょう。
