2025-10-23

“提案の数”より“想起の頻度”を上げる ― 関係性の時代の営業戦略

BtoB 営業・マーケティング コラム

かつて営業力の象徴は「提案数」や「訪問件数」にありました。しかし、顧客が自ら情報を選び取り、意思決定プロセスの大半をオンラインで完結させるようになった今、単純な接触回数は成果に直結しません。本当に成果を分けるのは、「思い出してもらえる営業」であることです。

本稿では、提案量よりも「想起の頻度」を上げるという発想の転換について、関係性を軸にした営業戦略として整理します。

営業の主戦場が“接触”から“想起”へ移った理由

営業活動は長らく、「どれだけ多くの顧客に会い、どれだけ多く提案したか」を軸に語られてきました。いわば、接触回数と成果が比例するという前提に立つモデルです。しかし、顧客の情報行動が大きく変化したいま、この構造は根本的に見直しを迫られています。

株式会社wibがまとめた調査では、「84%の決裁者が営業担当者と接触する前に購買を決定づける情報に触れている」とされています(PR TIMES)。この結果が示すのは、もはや顧客が営業からの説明を待つ時代ではないということです。顧客は自ら課題を定義し、オンラインで必要な情報を集め、最適と思われる解決策を自分のペースで見つけ出しています。

同じく、トゥモローマーケティング株式会社が実施した「BtoBサービスの購買行動について」の調査でも、サービスをオンライン検索で探す割合が高く、比較検討の多くがデジタル上で完結していると報告されています(SyncAD)。この傾向は、情報収集・候補選定・意思形成といったプロセスの大部分が、営業担当者の目に見えない場所で進行していることを意味します。

つまり、従来のように「会って話せば理解が進む」「提案を重ねれば信頼が深まる」といった前提が、もはや通用しなくなっているのです。顧客は営業と会う前に、すでに複数の企業を比較し、優先順位を決めている可能性があります。営業が接触できるのは、その検討プロセスのごく一部にすぎません。

こうした状況では、提案の数を増やすことよりも、顧客の記憶の中で思い出してもらえる存在であるかどうかが重要になります。提案の場に呼ばれる前に、「あの会社なら信頼できそうだ」「あのサービスをもう一度確認してみよう」と思い出してもらえるかどうか――それが、次の商談を生む起点になるのです。

想起は一朝一夕に生まれません。メール配信や展示会出展のような単発接点ではなく、継続的な情報発信や内容の一貫性によって、「その分野に詳しい会社」「課題を理解している相手」としての印象が少しずつ形づくられます。こうした印象の積み重ねが、接触以前の“心の距離”を縮める役割を果たします。

営業が本来めざすべきなのは、目の前の商談数を最大化することではなく、想起の頻度を高めるための仕組みをつくることです。顧客の検討プロセスの中で「自然に思い出される」状態をつくれれば、提案の数に頼らなくてもチャンスを増やすことができます。

接触の効率を競う時代から、想起を設計する時代へ。営業の主戦場は、顧客の目の前から、顧客の記憶の中へと静かに移りつつあります。

オンライン施策では難しい役職層にアプローチ!|ターゲットリスト総合ページ

“想起の頻度”が信頼を形づくるメカニズム

営業における信頼は、もはや「会って話した回数」では測れません。顧客が自ら情報を収集し、比較検討を進める時代においては、「どれだけ思い出してもらえるか」が信頼形成の新しい指標になります。つまり、想起の頻度が、関係性をつくる基盤そのものになっているのです。

Googleがまとめた白書「Decoding Decisions: The Messy Middle of Purchase Behavior」では、人が購買を検討する際に「探索(exploration)」と「評価(evaluation)」の二つのモードを行き来しながら、候補を拡げたり絞り込んだりしていくと説明されています。この段階で人はブランドや企業の発信に触れ、その情報が記憶に残るかどうかによって、候補としての位置づけが変化します。

さらに同レポートでは、「ブランドが思い出されやすい状態にあると、選ばれる可能性が高まる」とされています。つまり、最終的な意思決定は“直近で記憶に残っている選択肢”に強く影響されるということです。この指摘は、BtoC を対象にした研究ながら、検討プロセスの長い BtoB 領域にも通じる構造です。意思決定者は日常的に多くの情報に触れ、その中で「信頼できそうだ」と感じる企業を少しずつ絞り込んでいきます。

また、Robert B. Zajoncがまとめた論文「Attitudinal Effects of Mere Exposure」(1968)では、人は同じ対象に繰り返し接することで肯定的な感情を持ちやすくなると示されています。この“単純接触効果(mere exposure effect)”は心理学の基本原理として広く知られ、接触頻度の高い対象に対して好意や安心感を抱く傾向を説明しています。営業やマーケティングの分野においても、この効果は「継続的な情報発信による信頼の醸成」という形で応用されています。

つまり、顧客が信頼を感じるのは、単に「会った」からではなく、情報を通じて繰り返し接触してきた印象が積み重なった結果なのです。オンライン記事、レポート、メルマガなど、どの媒体であれ一貫したメッセージを継続的に発信することで、顧客の記憶の中に「この会社は課題を理解している」「この分野に詳しい」という印象が固定されていきます。

その結果として生まれるのが、“記憶に定着する信頼”です。顧客が再び課題を意識したとき、最初に思い出す企業こそが商談の起点になりやすい。提案数ではなく想起の頻度が、次の機会を左右するのです。

“想起される企業”になるための情報発信設計

これまで見きたように、いまや顧客は、営業担当者に会う前から情報を得て判断しています。この環境では、どれだけ発信しているかではなく、どのように記憶に残るかが競争力になります。営業活動の成果は、提案数よりも「想起の設計」に左右される時代に入りました。

“想起される企業”になるために必要なのは、単なる情報発信ではなく、想起され方を意図的にデザインすることです。そのためには三つの視点が重要です。

1.発信の一貫性

企業の語り口やメッセージが媒体ごとに変わると、顧客の記憶には「まとまった印象」が残りません。記事・セミナー・展示会・メール――どのチャネルで触れても、同じ課題意識と価値観が感じられることが必要です。これは“言葉の統一”だけでなく、“姿勢の統一”でもあります。たとえば技術力を打ち出す企業であれば、製品紹介だけでなく、社内の研究開発姿勢や人材育成にも一貫して「技術で貢献する」という思想が流れていることが、信頼を形づくります。一貫した世界観は、顧客の記憶の中でその企業を“理解しやすい存在”に変えるのです。

2.発信のリズム

顧客の記憶は新しい情報によって上書きされていきます。発信の間隔が長く空くと、せっかく築いた印象も薄れてしまいます。重要なのは、「鮮度を保ちながらも無理のないリズム」を作ることです。月次のニュースレターや定期更新のコラムなど、続けやすい形式で接点を維持することが、結果的に“記憶の再活性化”につながります。継続とは量を増やすことではなく、「存在を感じてもらう状態を保つこと」です。

3.情報の構造化

点在する発信をつなぎ合わせ、体系的に整理することで、顧客はその企業の姿勢を理解しやすくなります。たとえば、特定テーマごとに記事やレポートをまとめる、専門ページを設けるなど、“知識の地図”として整理することが有効です。バラバラの情報が線で結ばれると、顧客の頭の中でも「この企業はこういう方向性で考えている」という認識が形成されます。構造化は、記憶を“印象”から“理解”へ変える工程です。

こうした取り組みの目的は、クリック数やリード獲得ではありません。顧客の記憶の中に自社を置き続けることが最終的な目的です。思い出されやすい企業ほど、購買検討の場面で自然に選ばれやすい。商談の発生は、発信量の多寡よりも“記憶の中での存在感”に左右されます。

この考え方を実践している企業ほど、営業活動の波に振り回されにくくなります。顧客が課題を再認識した瞬間、すでに「思い出される位置」にいるからです。営業効率化やデジタル化だけでは生まれない、信頼の前提条件としての想起――それを設計する視点こそが、関係性の時代における営業戦略の中核になります。

営業とマーケティングの境界を再定義する

“想起の頻度”を高める発想は、営業担当者だけでは完結しません。顧客の記憶に残る情報設計は、営業が直接発信するメッセージと、マーケティングが設計する情報接点が、一つの体験として統合されていることを前提に成り立ちます。

これまでの多くの企業では、営業は「案件をつくる部門」、マーケティングは「見込み客を増やす部門」として役割が分かれてきました。しかし、顧客が自ら情報を集め、比較検討を進める現在のプロセスでは、この分業構造が必ずしも有効とは言えません。むしろ、顧客が出会う情報の一貫性を保つために、営業とマーケティングが“想起の設計者”として協働する必要が出てきています。

営業とマーケティングの連携というと、しばしば「リード管理」や「ナーチャリング施策」の話に矮小化されがちです。しかし本質はそこではありません。顧客の記憶の中に、どんな企業像を形成したいのか――その“記憶上のブランド設計”を共有することこそが出発点です。マーケティングが生み出すコンテンツや広告、営業が発する言葉や提案資料が、同じメッセージ体系の中にあるか。ここに整合性が生まれてはじめて、「どの接点で会っても印象が変わらない企業」として想起される状態が実現します。

この一貫性を保つには、社内での情報共有の質を変えることが欠かせません。たとえば、顧客との商談内容を営業部門が共有するだけでなく、マーケティング側も自社の発信がどう受け取られたかを営業現場と対話する。双方向の共有によって、「顧客がどの段階でどんな情報に触れ、どんな印象を持ったのか」という“想起のプロセス”をチーム全体で把握できます。ここから導き出される知見は、単なる案件化の確率を上げるものではなく、顧客の記憶構造を理解するためのデータとして価値を持ちます。

さらに重要なのは、営業活動とマーケティング施策のKPI(指標)を統合的に見る視点です。マーケティングが短期的なリード数、営業が月次の受注率という別々の指標を追っていては、顧客の記憶に残る設計は評価できません。顧客が接点を経てどれだけ想起しているか、どんな印象を保持しているか――この定性的な変化を、リード獲得や受注と並行して観察する必要があります。これは数値化しにくい領域ですが、商談時の言及内容や顧客アンケートなど、“記憶され方”の兆しを拾う方法はいくつもあります。

こうした組織的連携の本質は、部署の線引きを曖昧にすることではありません。むしろ、営業とマーケティングがそれぞれの専門性を保ちながら、「顧客の記憶」という共通の成果指標を見据えることにあります。想起の頻度を高めるためには、接点の量ではなく、接点の意味を揃えることが不可欠です。

情報があふれる時代においては、“誰がどれだけ提案したか”よりも、“どんな記憶を残せたか”が企業の競争力を決めます。その現実に対応するためには、営業とマーケティングが一体となって顧客体験を再設計していくことが求められます。想起を軸にした連携とは、単なる協力関係ではなく、信頼を生み出す構造そのものを共有することなのです。

想起を資産化する仕組みづくり

想起の頻度を高める取り組みは、個人の努力や一時的な発信で完結するものではありません。顧客に思い出してもらえる企業であり続けるためには、想起を組織の資産として運用できる仕組みが必要です。

関係性を記録として残す

まず重要なのは、発信内容や顧客接点の履歴を“経験の断片”としてではなく、“関係性の記録”として蓄積していくことです。営業の現場では、担当者の交代や組織再編によって過去の接点情報が失われやすい傾向があります。しかし、どのような情報をどのタイミングで届け、顧客がどんな反応を示したのか――その記録こそが、次の想起を設計するうえでの基礎データになります。

こうした情報は、単にCRMやSFAに蓄積すればよいというものではありません。重要なのは、**「なぜその情報を届けたのか」「相手にどう受け止められたか」**までを一緒に残すことです。数値としての接触履歴ではなく、意図と文脈を含めた記録が、企業全体の“想起ナレッジ”を形成していきます。

発信を資産として再利用する

次に求められるのが、発信の資産化です。

単発で終わる記事やセミナー資料も、テーマ別に整理して蓄積すれば、企業の知識体系として再利用できます。たとえば、「特定業界向けの課題解決」や「技術トレンドへの見解」といった切り口で発信をまとめることで、時間が経っても参照される“知のアーカイブ”になります。これらの蓄積は、顧客にとっての理解しやすさだけでなく、社内の担当者にとっても一貫した情報発信を維持する助けになります。

さらに、このような情報資産を“誰が、いつでも活用できる状態”にしておくことが、組織としての強みになります。営業担当者が顧客の状況を把握し、過去の接点や発信履歴をすぐに確認できれば、初回訪問であっても「これまでの関係を理解している相手」として会話を始めることができます。これは、顧客から見たときの信頼形成を大きく前進させる要素です。

記憶を再現できる仕組みを持つ

想起を資産化するという発想は、発信や記録を増やすことではなく、「記憶を再現できる仕組みを持つ」ことです。誰が担当しても、どの接点でも、企業として一貫した印象を与えられる状態。それが実現すれば、個人の経験や感覚に依存しない営業が可能になります。

また、こうした仕組みづくりは、人材育成の観点でも効果を発揮します。新しい営業担当者が過去の接点履歴や顧客反応を参照できることで、単なる製品知識ではなく、「顧客がどんな情報に反応するか」を実践的に学べます。結果として、組織全体で“記憶をつくる力”が底上げされていきます。

想起を資産として扱う企業は、関係性の継続に強くなります。顧客との接点を記録し、整理し、次に活かす。これを繰り返すことが、個々の営業活動を超えた“企業としての記憶力”を形成します。その積み重ねが、単発の信頼を超えた「思い出され続ける企業」という評価につながっていくのです。

まとめ

営業の成果を決める要因は、もはや「どれだけ提案したか」ではありません。顧客が自ら情報を収集し、比較し、選択する現在の環境では、“思い出してもらえるかどうか”が出発点になります。つまり営業の主戦場は、顧客の頭の中――記憶の中での存在感をどう築くかに移ったのです。

そのために企業が取り組むべきことは、単発的な発信や一時的な接触を増やすことではなく、記憶を設計する活動です。顧客が自ら情報を選び取る時代だからこそ、日々の発信や接点の一貫性が“思い出される理由”をつくります。想起を高めるには、営業とマーケティングが同じ視点で顧客体験を設計し、その成果を仕組みとして蓄積していくことが欠かせません。

この連続的な取り組みの先に生まれるのは、「提案しなくても声がかかる」状態です。顧客が課題を再認識した瞬間、最初に思い出される企業。その位置にいることこそ、営業活動の確かな優位性です。提案数を増やすことは短期の成果を生みますが、想起を設計することは長期の信頼を積み上げます。

企業にとっての“想起”は、数字では測りにくいものです。しかし、顧客が「この会社に相談したい」と自然に思う瞬間の裏には、日々の発信や接点の積み重ねがあります。その一つひとつが、次の機会を呼び込む伏線となり、やがては営業の成果そのものを変えていきます。

営業を「数の競争」から「記憶の競争」へと捉え直すこと。提案の数を追うよりも、「なぜ思い出されるのか」という理由を丁寧に積み上げていくこと。その発想の転換が、これからの関係性を軸にした営業を、より強く、より信頼される形へと導くはずです。

他の企業リストにはない部門責任者名を掲載|ターゲットリスト総合ページ