2025-05-21
初回接触の質を変える、“共通言語”の見つけ方 ― 営業準備の情報整理術
BtoB 営業・マーケティング コラム
初めての企業や、これまで接点のなかった相手にアプローチする際、「何から話せばいいか分からない」「提案が噛み合わない」と感じたことはないでしょうか。事前に情報収集をして臨んだつもりでも、会話のきっかけがつかめなかったり、相手の関心と自社の話がすれ違ってしまうことは少なくありません。
その背景にあるのが、相手と自分のあいだに「共通言語」がない状態です。相手のことを知るための情報収集は重要ですが、目的は情報を集めること自体ではなく、「通じる接点」を見つけることにあります。
本記事では、初回接触の前に整理すべき情報やその見方について、「知らない相手との共通言語をどうつくるか」という視点から整理していきます。
“話が通じる”状態をどうつくるか
初回のアプローチや初対面の商談で、相手が終始ピンと来ていない様子だった、あるいは意図した反応がまったく返ってこなかった――そんな経験は、多くの現場で共通して見られます。提案内容そのものに問題があるわけでもなく、話す順番や構成を見直しても劇的に変わるわけではない。それでもなぜか「噛み合わない」という感覚が残る場面です。
このような場面では、「情報量の差」や「関心のズレ」が原因として挙げられがちですが、もう一つの根本的な要因として挙げられるのが「共通言語の欠如」です。つまり、同じ事象や概念を表すときに使う言葉が違っていることで、伝える側と受け取る側のあいだで微妙なズレが生じてしまう。しかもこのズレは、双方が論理的であればあるほど、かえって気づかれにくくなります。
たとえば、「効率化」と一言で言っても、ある企業では人件費の削減を意味し、別の企業では業務プロセスの自動化を指す場合があります。もし相手にとっての「効率化」が後者であるにもかかわらず、こちらが前者のニュアンスで話を進めてしまえば、論点がすれ違うのは当然です。
こうしたすれ違いは、実際の話し方や提案内容以前の問題であることが少なくありません。「何を言うか」よりも前に、「どうすれば話が通じる状態をつくれるか」を考えることが、初回接触の精度を高める第一歩になります。
では、その「話が通じる状態」とは、どのような条件で成立するのでしょうか。単に自社のサービスが相手の課題に合っているという意味ではありません。相手が使っている言葉や関心のある領域に、こちらの伝えたいことを接続できているかどうか。つまり、「話の入り口」が相手にとって無理のない場所に設けられているかどうかが問われます。
そのためには、接触の前にどれだけ相手の言語に寄り添えるかが重要です。相手が普段、どのような言葉を使い、何に重きを置いて話をしているのか。その“話し方の癖”に目を向けることで、伝え方も自然と変わっていきます。情報をただ集めるのではなく、「どの言葉を起点にすれば、会話が噛み合いはじめるか」を考える姿勢が求められます。
この視点を持っておくと、提案の中身は同じでも、入り口の設計がまったく違ってきます。そしてそれこそが、接触前の情報整理が果たすべき本来の役割です。

“相手の言語”はどこにあるか
「相手の言葉を使って話す」と言っても、当然ながらその言葉はどこかに明示されているわけではありません。外から見える範囲で拾い集めるしかない以上、どこを見るか、どう見るかが準備の精度を左右します。
多くの企業が公式に発信している情報としては、コーポレートサイト、ニュースリリース、採用ページ、決算説明資料、統合報告書などが挙げられます。さらに、インタビュー記事やSNSでの発言、登壇イベントでのスピーチなども、よりパーソナルな“言語の癖”を読み取る手がかりになります。
こうした情報に触れる際、特に注視すべきなのは「どんな言葉を繰り返しているか」です。たとえば、毎年の代表メッセージで必ず登場する表現、採用情報で頻繁に用いられる言い回し、プロジェクト紹介に何度も現れるキーワード――これらは、その企業が社内外に向けて何を大事にしているのかを象徴する言語です。
また、こうした言葉は単体で意味をなすものというより、文脈の中でその重みが変わってきます。同じ「挑戦」という言葉でも、新規事業の文脈で語られるのか、組織風土の話として出てくるのかでは、相手の価値観や関心の置きどころが異なって見えてきます。
注意すべきは、世の中で話題になっているトレンドワードに引っ張られすぎないことです。流行のキーワードを検索に使ったり、業界動向として紹介したりすること自体は有効ですが、「相手が実際に使っているかどうか」はまた別の話です。表向きの打ち出しよりも、現場や経営層が自然に発している言葉にこそ、その企業の本音が出ることがあります。
一方で、社内資料やインターナルなコンテンツにある表現が、必ずしも外部との対話で通用するとは限りません。たとえば業界特有の略語や、社内でしか通じないスローガンが表に出ていることもあります。そこに飛びつくと、かえってこちらの理解度が浅いと受け取られてしまうこともあるため注意が必要です。
つまり「相手の言語」を探すとは、単に見つけた単語を拾い集めることではなく、その企業が外部に向けてどのような語り方を選んでいるか、その積み重ねを見る作業です。意図せず繰り返されている言葉や、何気ない言い回しのなかに、その企業らしさがにじみ出ていることは少なくありません。
その“らしさ”を見つけ出し、尊重したうえで言葉を選ぶ。それが、接触前の準備でできる最初の共通言語づくりです。
属人的な読み取りを避けるために
相手の発信する情報を読む際、つい「自分にはこう見える」「なんとなくこういう方向性だろう」といった主観的な解釈に頼ってしまうことがあります。経験則や直感は重要な判断材料にはなりますが、それだけでは接触準備としての再現性や共有性に欠け、チームでの情報活用が難しくなります。
たとえば、同じ企業のIR資料を見ても、人によって「保守的な企業に見える」と感じることもあれば、「新しい挑戦に積極的だ」と読むこともある。見出しや言葉の強さ、文脈の捉え方によって、印象が大きく変わるのです。こうした“印象の揺れ”は、特に属人化した営業活動で起こりやすい問題です。
だからこそ、読み取った情報をどう扱うかにおいて、「何をどう見ているか」を共有できる観点に落とし込んでおく必要があります。ただの感想や印象ではなく、誰が見ても同じ視点で確認できる形に変える。つまり、情報の“言語化”と“構造化”が求められます。
たとえば、次のような観点を設けるだけでも、情報のばらつきはぐっと減ります。
- 言及頻度:同じ言葉やテーマが複数回使われているか
- 文脈の一貫性:話題の流れや言葉づかいが年次や媒体を超えて変わっていないか
- 過去との変化:以前の発信内容と比べて表現や主張にどのような変化が見られるか
こうした観点に基づいて情報をまとめておくことで、他のメンバーがその情報を受け取ったときに「何が、どう読み取れたのか」が明確になります。単なる収集メモではなく、再利用可能な“共有素材”として機能するようになるのです。
また、あらかじめ共通の読み取り観点を定めておくことで、情報収集の段階からムダな揺れや重複を減らすこともできます。属人的な判断が必要な領域はむしろ後工程に取っておくことで、接触前の準備段階はよりシンプルで効率的になります。
情報を読むという行為は、本質的には“解釈”を含む作業です。ただし、その解釈が属人化してしまうと、接触の軸がブレやすくなります。相手の発信を一つの素材とし、それをどう扱えば再現性のある準備に変えられるか――そこに意識を向けるだけで、接触の質は大きく変わってきます。
社内の言語に変換しない勇気
初回接触に向けた準備として、相手の情報を収集し、言語化していく過程で陥りがちなのが、「相手の言葉を自社の言葉に置き換えてしまう」ことです。一見、伝えやすさや整理のために自然な行為のように思えますが、そこには大きな落とし穴があります。
たとえば、相手の事業課題として「部門間連携の強化」が語られていたとき、それを「情報共有の効率化」と読み替える。あるいは、「顧客接点の見直し」という表現を、自社製品が得意とする「CRM強化」に結びつけてしまう。こうした変換は、自社にとっては話がしやすくなりますが、相手にとっては「自分たちの課題の話ではない」と感じられる可能性があります。
準備の段階で、相手の言葉をすぐに自社文脈に変換してしまうと、最終的な提案や会話の切り出しが、“自分たちの話”に偏りがちになります。そうなれば、こちらは「よく調べた上で話しているつもり」でも、相手には「最初から売りたい話に誘導されている」と受け止められてしまうかもしれません。
ここで必要なのは、あえて“変換しない”勇気です。相手が使っている言葉をそのままの形で保ち、文脈ごと理解しようとする姿勢。それは、単に相手を尊重するという意味だけでなく、こちらの理解がどれだけ深まっているかの試金石でもあります。
また、変換を急がないことで、自社の提供価値が相手の文脈と本当に噛み合っているのかを検証しやすくなります。仮にそのままでは接続しにくいと感じた場合でも、無理に置き換えるのではなく、「この表現の背景にはどんな課題認識があるのか」「自社のどの要素がそこに近づけそうか」を見定める方が、結果として会話の起点として自然な形になります。
重要なのは、「自社が言いたいこと」を通すのではなく、「相手の関心に自社の視点を重ねる」ことです。自社の提供価値や強みを伝えることはもちろん重要ですが、それはあくまで“相手の言葉の上に立てる”もの。その順番を間違えないことが、話が通じる初回接触を生む前提になります。
事前準備とは、自社目線の資料を再構成することではなく、相手が話している世界の輪郭をなぞる作業です。その“外の言葉”を取り込む余白を残しておけるかどうかが、実際の会話の滑り出しを大きく左右します。
情報整理における3つの観点
相手の発信をもとに“共通言語”を探る作業は、単なる情報収集では終わりません。その情報を、実際の接触や会話に活かせる形に整理し直すプロセスが必要です。ここでの整理とは、情報をきれいにまとめることではなく、「どこに、どんな接点の芽があるか」を見えるようにしておくことです。
そのための観点として、ここでは3つの切り口を紹介します。これらは網羅的にすべてを洗い出すことが目的ではなく、接触前に会話の“入り口候補”を探すうえで有効な枠組みです。
1.組織の言語を見る
まず注目したいのは、その企業が「組織」として何を語っているかです。代表メッセージ、コーポレートビジョン、スローガン、中期経営計画など、全社的に掲げている言葉や表現は、ある意味でその会社の“自己紹介”とも言えます。
この言語は、比較的形式ばったものになりがちですが、定期的に更新されるかどうかや、過去の表現との違いなどに注目することで、組織としての関心や方向性の変化が読み取れることがあります。「何を強調しているか」「何に触れていないか」という両面から見ておくと、相手の主語の置き方が見えてきます。
2.個人の言語を見る
組織としての発信に加えて、経営層や部門責任者、現場リーダーが何を語っているかも重要な手がかりです。インタビュー記事、登壇イベント、SNSなどを通じて、よりパーソナルで自由度の高い言葉が見つかることがあります。
ここでは、「表現の仕方」「例え話の種類」「話す順番」などに注目すると、その人の思考の癖や価値観が垣間見えます。組織全体のトーンとは異なる視点を持っている場合もあり、初回接触の相手がこうした個人であるなら、そこに寄せていく形で言葉を選ぶと、会話のスムーズさが変わってきます。
3.課題の言語を見る
さらに深く入り込むには、企業が抱える“課題”にどのように向き合っているかを探る視点が必要です。決算説明資料や統合報告書の中には、業績面の話だけでなく、「今後の取り組み」や「これまでの反省」として現れている表現があります。
特に注目すべきなのは、「何を解決すべき問題として認識しているか」を自らの言葉で語っている部分です。そこには、現時点でのニーズだけでなく、課題に対するスタンスや、解決へのアプローチに対する価値観が含まれており、ただの“困りごと”以上の意味を持ちます。
これら3つの観点から情報を整理しておくと、相手と話を始める前に「どの切り口なら通じやすいか」の仮説を立てやすくなります。ただし、この時点で結論を出しきる必要はありません。むしろ、仮説に寄りかかりすぎず、相手の反応によって調整できる余白を残しておくことが、初回接触を一方通行にしないための鍵となります。
情報は集めるだけでなく、“会話の足がかり”としてどう使うかが重要です。整理とはそのための準備であり、相手の世界観に合わせて接点を探すための設計図でもあります。
まとめ
初回接触に向けた準備というと、業界動向や企業情報の収集に力を入れるイメージが先行しがちですが、実際に大きな差が出るのは「その情報をどう扱うか」の部分です。伝えるべきことがあるから話すのではなく、話が通じるための接点があるから話が始まる――その前提に立ったとき、準備のあり方も自然と変わってきます。
本記事で見てきたように、重要なのは「共通言語」をつくる意識です。相手の企業が使っている言葉、表現の癖、語られ方の順序。それらを“素材”として観察し、自社の論理や用語に安易に変換せず、できるだけそのままの形で捉える。そのプロセスを通じて、言葉の接点が見えてきます。
さらに、情報を主観で読みすぎないための観点を持ち、共有可能な形で整理しておくことで、チーム内での再現性や連携もしやすくなります。これは、属人的な勘や経験に頼らず、誰もが「話が通じる状態」をつくるための下地を整えるという意味でも、組織的な価値を持ちます。
準備とは、説得の材料を集める作業ではありません。共通の話し言葉を探し、その言葉を通して相手と向き合える状態をつくること。それは、すぐに成果が見えるものではないかもしれませんが、相手との関係構築を支える上で、確かな土台となるはずです。
接触の質は、接触の前に決まる。そう捉えることで、情報の集め方も、使い方も、変わっていきます。
