2025-05-01
“この会社と話したくなる”はどう生まれるか ― 共感を軸にした情報発信の考え方
BtoB 営業・マーケティング コラム
情報があふれ、商品やサービスの差別化がますます難しくなるなかで、「伝える」だけでは届かない時代が来ています。どれだけ論理的に優れた提案をしても、どれだけ丁寧に情報を整理しても、相手の心が動かなければ選ばれることはありません。こうした状況の中で、注目されているのが「共感マーケティング」という考え方です。
単なる商品理解ではなく、その企業の姿勢や価値観に「共感」できるかどうか。選ばれる理由が、合理性ではなく“感情”や“関係性”に根ざし始めているという兆しは、B2Bの世界においても例外ではありません。実際、企業間のやりとりにおいても、「共感される発信」を意識するケースが徐々に増えてきました。
本記事では、従来のマーケティングとの違いや、B2B領域における共感の捉え方、情報設計におけるヒントなどを通じて、「共感マーケティング」がなぜ今求められているのか、そしてどのように取り組むべきかを掘り下げていきます。
目次
共感がマーケティングにもたらす意味の変化
かつてのマーケティングは、「ニーズに応えること」がもっとも重要な価値とされていました。機能や価格、利便性といった合理的な視点での訴求が中心であり、顧客の課題を“いかに解決するか”が問われていた時代です。しかし現在は、その前提が少しずつ揺らぎはじめています。
特に近年顕著なのが、機能的な優劣だけでは“選ばれない”という現象です。商品やサービスそのものに明確な違いが見えづらくなり、どの企業の提案も一定水準を満たす中で、「なぜその会社を選ぶのか」が問われるようになっています。こうした状況では、顧客の意思決定において“共感できるかどうか”が、新たな選定基準の一つとして浮かび上がってきます。
ここで言う「共感」とは、単なる感情の共有ではなく、「この企業の考え方や価値観は、自分たちに近い」「この人たちと話を続けてみたい」といった、関係性への信頼感や理解の感触です。どれほど優れた機能を備えていても、どれほど実績があったとしても、その企業の言葉や姿勢に納得感がなければ、心が動くことはありません。
マーケティングの役割が、「伝える」から「感じてもらう」へとシフトしている今、求められるのは説得力だけではなく、納得感や親近感といった“情緒的な理解”を含む接点のつくり方です。
「共感できる企業」であることは、情報が届く速さよりも、受け取られる深さに影響する。その意味で共感は、これからのマーケティングにおいて、伝達の手段ではなく、信頼形成の土台そのものとして捉え直すべきものになっています。
「共感マーケティング」とは何か
「共感マーケティング」という言葉自体は比較的新しいものですが、その本質は決して流行に乗った一時的な手法ではありません。むしろ、企業の発信や振る舞いに“納得できるかどうか”という、人としてごく自然な反応がマーケティングの中で強く意識されるようになったことの現れと言えるでしょう。
従来のマーケティングが「相手のニーズを理解し、それに応える」ことを中心としていたのに対し、共感マーケティングでは「相手と価値観を共有し、信頼関係を築くこと」に主眼が置かれます。
言い換えれば、情報を届ける側と受け取る側が、いかに“同じ目線”に立てるかが問われる時代になったとも言えます。
この“目線を合わせる”という行為は、単なるターゲット設定やペルソナ設計では捉えきれません。たとえば、顧客が置かれている状況に対して、企業がどのような姿勢で向き合っているか。あるいは、自社の商品やサービスが社会にどういう意味をもたらすものと捉えているのか。そうした背景にある考え方や態度までもが、マーケティングの一部として問われるようになっています。
また、共感マーケティングは、感情的なコピーや印象的なストーリーテリングを駆使すれば成立するものではありません。むしろ、それらの手法が“共感される企業である”という事実に裏打ちされていなければ、表層的な演出として見抜かれてしまう危うさもあります。
重要なのは、何を伝えるかよりも、「どう見られているか」「どう感じ取られるか」を意識すること。共感とは、こちらから届ける情報ではなく、相手の中に“自然に芽生える感覚”であり、操作するものではなく、共有されて初めて成立する関係性の一部です。
だからこそ、共感マーケティングとは、手法や戦略というよりも、企業の姿勢そのものを滲ませるような発信のあり方を指すものと捉えたほうが、実践的です。
B2B領域における共感マーケティングの現実性
B2B領域においては、合理性や機能性が重視されるのが当然だという認識が、いまなお根強くあります。たしかに、導入コストや運用効果、実績データといった“数字で説明できる強み”が重要であることに変わりはありません。しかし、その一方で、そうしたスペック上の違いだけでは“決定打”になりにくい場面が増えてきたのも事実です。
よくあるのは、提案内容に明確な欠点はなく、他社との比較においても優劣がつけがたい状況です。こうしたとき、最終的な判断を左右するのは、驚くほどに“感情的な納得感”だったりします。たとえば、「この会社の考え方に共感できる」「この担当者と話すと安心感がある」といった印象や空気感が、選ばれる理由になることは少なくありません。
共感マーケティングの考え方は、こうした現場の感覚に通じています。情報を届ける相手が法人であっても、その受け取り手は一人の人間です。企業同士のやりとりであっても、「どんな企業か」「どんな姿勢か」といった印象が、判断材料として確実に作用しているのです。
また、B2Bの情報発信においては、読み手がすでに一定の知識や経験を持っていることが多く、ありきたりなメリットの提示では響かないこともあります。そうした読者に届くのは、細部の言葉遣いや切り口、企業のスタンスそのものににじむ誠実さや共感可能性です。
一見すると論理と計算で構成されているように見えるB2Bの世界にも、確実に「共感される要素」は存在します。そしてその要素こそが、他社との違いを伝えるうえで、見過ごせない軸になりつつあるのです。
どこに“共感”を込めるべきか
共感マーケティングにおいて重要なのは、「共感を得よう」とすること自体ではなく、「どこに、どのようなかたちで共感を込めるのか」を見極めることです。ただ感情に訴えかける表現を使えばいい、という話ではありません。むしろ、過剰な演出やあからさまな“感動狙い”は、受け手に違和感を抱かせてしまうこともあります。
共感は、発信者の“姿勢”や“視点”ににじむものです。たとえば、自社が提供する技術やサービスについて、「どうすれば理解してもらえるか」ではなく、「相手が置かれている状況をどう見ているか」という立場から語るだけで、読み手の受け取り方は大きく変わります。
情報の正確さや詳しさ以上に、「なぜその話を、今、その視点で語っているのか」という背景に共感の手がかりが宿るのです。
また、言葉選びや文体にも、企業の価値観は自然と表れます。伝える内容が同じであっても、無機質な文体と、やわらかく丁寧なトーンでは、相手が受け取る印象は大きく異なります。形式的なコピーよりも、等身大の語り口や、言葉の間にある“温度感”にこそ、共感される余地があります。
「共感される発信」とは、押しつけがましくなく、媚びることもなく、ただ誠実に、相手の立場を思いやった言葉を選ぶこと。その姿勢が積み重なることで、企業の印象は徐々に形づくられていきます。
どこに共感を込めるか――それはコンテンツの内容そのものではなく、その“語り方”や“選び方”に表れる部分でもあります。意識的に設計された一文が、読んだ相手の気持ちを動かす。その積み重ねが、結果的に「共感される企業像」を形づくるのです。
共感を届ける情報設計のヒント
共感は、発信する側が意図したとおりに伝わるとは限りません。どれほど丁寧にメッセージを組み立てたとしても、受け手がその背景にある思いや視点を感じ取れなければ、ただの情報で終わってしまいます。だからこそ、共感を届けるには、メッセージそのものだけでなく、「どのように」「どこで」「どの順序で」伝えるかという情報設計が大切になります。
第一に意識したいのは、“温度感”のある設計です。これは語り口のトーンだけでなく、接点ごとの最適な“距離感”を指します。たとえば、初めて接触するメールの冒頭でいきなり自社の強みを並べるのではなく、相手の状況に寄り添った一言から始めるだけで、印象は大きく変わります。読む人が「この企業は、こちら側の視点を持っている」と感じるかどうかが、共感の入口になるからです。
次に重要なのが、メッセージの“整合性”です。自社のWebサイト、メール、営業資料、ウェビナーなど、各チャネルで発信される情報が一貫しているかどうか。どこかでだけ感情的に語られ、他では機械的な印象を与えると、むしろ共感は遠のきます。「誰が言っても同じ内容」ではなく、「この企業だからこその語り方」が貫かれているか。これは共感設計の基本姿勢とも言えるでしょう。
また、トレンドワードを取り入れることが即座に共感につながるわけではありません。むしろ、形式的なキーワードの羅列や過度な業界用語の多用は、かえって距離感を生みやすくなります。大切なのは、“言葉を知っている”ことではなく、“相手に伝わる言葉で話せているか”という感覚です。特にB2B領域では、専門性とわかりやすさの両立が求められる場面が多いため、伝え方の微調整が信頼感に直結します。
情報の整え方に唯一の正解があるわけではありません。しかし、どのようなメディアであれ、「この企業の発信は、なぜか気持ちよく読める」「無理なく納得できる」という印象は、明確な競争力になり得ます。
共感を届けるとは、押しつけではなく、“自然に受け入れられる構造”を用意すること。そのための情報設計には、見えにくいけれど確かな技術と視点が求められるのです。
共感に依存しすぎないために
共感を軸にした情報発信は、確かに信頼や親近感を生みやすく、今の時代に適したアプローチです。しかし一方で、「共感されること」そのものが目的化してしまうと、発信の軸がブレる危険性もあります。共感はあくまで“結果”であり、目指すべき“目的”ではないという視点を持つことが重要です。
たとえば、読み手の関心や感情に寄り添おうとするあまり、本来伝えるべき事実や判断基準をあいまいにしてしまうケースがあります。言葉のやわらかさが先行しすぎて、結果として「何を伝えたいのか」が伝わらなくなるというのは、共感偏重の典型例です。相手の気持ちを尊重する姿勢と、伝えるべき内容を明確に打ち出すことは、両立させなければなりません。
また、「共感されるために合わせる」という考えが強くなると、無理に自社のスタンスを曲げてしまいかねません。しかし、すべての相手に共感してもらう必要はないし、共感を得られない層がいること自体、むしろ自然なことです。自社の価値観に基づいたメッセージを発信し、その価値観に響く相手とつながること。その方が結果的には強い関係性につながります。
共感を得ようとするあまり、言葉が無難になりすぎて、記憶にも印象にも残らない――そうしたケースは、B2B領域でも少なくありません。共感を手がかりにしつつも、それに依存せず、「誰に、何を、どう語るか」をあくまで主体的に設計していくことが、長く支持される発信の鍵になります。
共感とは、迎合でも操作でもありません。相手との接点を丁寧に探し、言葉を通じて確かな理解を築いていくプロセスそのものです。その前提を忘れずにいることが、共感に振り回されない発信姿勢を支える基盤となります。
共感マーケティングが育む“社外との関係性”
共感マーケティングの価値は、単に顧客の興味を引くことだけにとどまりません。継続的な発信のなかで企業の姿勢や考え方が共有されていくと、それは“共感を軸にした関係性”へと発展していきます。一度きりの反応ではなく、共鳴し合うようなつながり――この蓄積こそが、マーケティングの成果をその先へと広げていく力になります。
たとえば、あるコンテンツに共感を覚えた読み手が、SNSや口頭でその企業について他者に話すようになる。あるいは、直接の購買には至らなくても、セミナーや記事をきっかけに「この会社とは価値観が合う」と感じて対話のきっかけを作る。こうした反応は、従来の評価指標では捉えにくいものですが、実際のビジネスの流れに少なからず影響を与えています。
また、共感を基点としたつながりは、単に“顧客との接点”としてだけでなく、協業や紹介、将来的な採用・取引といった“社外との関係性全般”に波及していく可能性を持っています。共感される発信が多くの人に届けば届くほど、「あの会社とは何か一緒にできるかもしれない」という直感的な期待が生まれる。その期待が新たな接点を呼び込み、やがて関係の質を変えていくことがあります。
こうした動きは、短期的な反応としては見えにくいかもしれません。しかし、情報発信の積み重ねが企業の“人格”を形づくり、いつのまにか信頼や好意を集めるようになる。そのプロセスは、合理性では割り切れない、共感ならではの広がりです。
マーケティングを「顧客を動かす手段」としてではなく、「他者との関係性を育てる活動」として捉えたとき、共感の価値はさらに深まります。それは、売上やリード数の先にある“つながりの質”に目を向ける視点でもあるのです。
まとめ
マーケティングは、本来「誰かに届けたい」という気持ちから始まる営みです。そして今、その届け方において“共感”という感覚が、以前にも増して重視されるようになってきました。情報量が飽和し、機能や実績だけでは差が見えにくくなる中で、「この企業の言っていることは腑に落ちる」「考え方に共感できる」という感情的な納得感が、選ばれる理由の一部として確実に作用しています。
ただし、共感は一度得られれば終わりという性質のものではありません。むしろ、日々の情報発信や顧客対応、メッセージの細部にいたるまで、継続的に表現される姿勢によって育まれていくものです。その意味で、共感は戦術ではなく、姿勢として育てるもの――言い換えれば、企業がどのように世の中と関わり、どう語ろうとするかという“態度”そのものに関わる要素だと言えるでしょう。
だからこそ、共感をマーケティングの中心に据えるということは、表現を整えることだけではなく、企業としての内面を見つめ直す営みにもつながります。それは少し遠回りに見えるかもしれませんが、実は深い信頼や持続的な関係を築くためには、避けて通れない道でもあります。
共感を得るとは、単に好かれることではなく、伝えたい価値が自然に受け取られる状態をつくること。その土台にあるのは、テクニックよりも誠実さであり、戦略よりも一貫した姿勢です。企業が何を語り、どう語るか――その問いに向き合い続けることが、これからのマーケティングを支える静かな力になっていきます。
