2025-10-30

確証バイアスを前提にした提案設計 ― 自分たちの前提が優先する相手にどう伝えるか

BtoB 営業・マーケティング コラム

ビジネスの現場では、数字やデータをもとに冷静な判断をしているように見えても、実際には人の心理が強く作用しています。その中でも、意思決定を静かに歪める代表的なものが「確証バイアス」です。自分たちの考えや仮説を裏づける情報だけを集め、都合の悪い事実を無意識のうちに排除してしまう――この傾向は、個人だけでなく組織全体にも広がります。

営業やマーケティングの場面では、この確証バイアスがしばしば提案の障壁になります。たとえ新しいデータや根拠を示しても、相手が「自分たちの現実」として受け入れられない限り、内容は伝わりません。いかに論理的な説明を積み重ねても、“すでに信じていること”を補強しない情報は、心の外に押し出されてしまうのです。

本稿では、この「確証バイアス」という認知の癖を軸に、組織がどのように情報を選び、どのように誤りを強化してしまうのかを整理します。そのうえで、提案する側がどのようにして「都合のよい情報しか見ない」組織と向き合い、受け入れられる形で新しい視点を差し込めるのかを考えていきます。

確証バイアスとは何か ― 判断を歪める“選択的な理解”

人は、見たいものを見て、信じたいことを信じる――その傾向を指すのが「確証バイアス(confirmation bias)」です。これは心理学で広く知られる現象で、自分が抱いている考えや仮説を裏づける情報ばかりを集め、反対の証拠や異なる視点を無意識のうちに軽視してしまう傾向を意味します。私たちは膨大な情報の中から限られた範囲しか認識できないため、思考を効率化する過程で「自分の前提に合う情報」を優先的に取り込みやすくなります。

たとえば、ある市場の成長性を評価するとき、「自社が得意とする領域だから伸びるはずだ」と考えると、その仮説を裏づけるデータばかりを探し、懸念材料を後回しにしてしまう。あるいは、営業現場で「この商品は必ず売れる」と確信していると、成功事例ばかりに注目し、失注の理由を深く検証しない。こうした場面では、意識せずとも自分の見たい世界に情報を寄せていく形になります。

確証バイアスの背景には、「自分の信念と矛盾しない状態を保ちたい」という心理的な働きがあります。人は、自分の中で整合性の取れた世界を維持することで安心感を得ようとします。そのため、違和感のある情報や、自分の判断を揺るがすような証拠を受け入れることに、自然と抵抗を覚えるのです。

問題は、この確証バイアスが個人の思考の癖にとどまらず、組織全体の意思決定や文化にまで浸透する点にあります。過去の成功体験が共有されるほど、「このやり方で間違っていない」「同じ方向で進めばよい」という前提が強化され、新しい視点や異論が入りにくくなります。こうして「正しいと思っている判断」ほど、時間とともに偏りを深めていくのです。

営業や提案の場でも、この確証バイアスはしばしば壁になります。顧客がすでに選んでいる方針やツールを前提としている場合、それを裏づける情報には強く反応しても、それを揺るがす新しい提案には耳を貸さないことがあります。どれほど合理的な根拠を示しても、相手が「自分たちの仮説を否定された」と感じた瞬間に、議論の扉は閉じてしまうのです。

確証バイアスは、人の判断を誤らせる厄介な要素でありながら、誰の中にも存在するごく自然な働きです。だからこそ、提案や営業の現場で成果を生むためには、「人も組織も常に中立ではいられない」という現実を出発点に据える必要があります。相手の確信を誤りとして排除するのではなく、一つの前提条件として理解する――その視点こそ、確証バイアスに向き合うための第一歩となるのです。

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組織で確証バイアスが強まる二つの要因

確証バイアスは、個人の心理傾向として語られることが多いものの、実際のビジネス現場では組織構造や意思決定の仕組みそのものが、この傾向を強化している場合があります。とくに会議体での議論や提案プロセスにおいては、意図せず「聞きたい意見だけが残る」状態を生みやすい。そこには二つの要因が絡み合っています。

第一の要因 成功体験の共有が思考を固定化させる

最初の要因は、過去の成功体験を組織全体で共有する仕組みにあります。成功事例は再現可能なノウハウとして蓄積され、業務標準や営業手法の基盤となります。これは合理的な営みですが、同時に「正解」が内側に固定されていく過程でもあります。その結果、「以前もうまくいったのだから今回も同じでよい」という前提が働き、環境や条件が変化しても再検証が行われにくくなります。

経営学者 Daniel Miller は著書『The Icarus Paradox』※1で、企業が成功の要因を自らの本質と混同し、やがてその成功パターンに縛られる構造を指摘しました。成功によって得た自信や手法が、同時に変化への柔軟性を奪う――この「イカロス・パラドックス」は、確証バイアスの組織的な表れとしても読み解けます。つまり、成功体験の共有は学習の成果であると同時に、「異論を生みにくい環境」を制度的に固定してしまう土台にもなり得るのです。

【出典】
※1 Daniel Miller (1990) The Icarus Paradox: How Exceptional Companies Bring About Their Own Downfall. HarperBusiness.

第二の要因 肯定的な情報のほうが流通しやすい

もう一つの要因は、組織の中で肯定的な情報の方が伝わりやすいという情報流通の構造にあります。人はもともと、自分の仮説や立場を裏づける情報を探す傾向があります。

Raymond S. Nickerson の研究では、確証バイアスは単なる思考の歪みではなく、日常的な意思決定の中に深く根付いた現象であることが示されています※2。この論文では、既存の信念や仮説を支持する証拠を優先的に探し、反証となる情報を軽視する傾向が、科学、政治、経営などあらゆる領域に見られることを指摘しています。

さらに、Jonathan Klayman の研究※3では、人が仮説を検証する際に「自分の仮説を支持しそうな事例」から検証を始める傾向――いわゆるポジティブ・テスト戦略(positive test strategy)を採用しやすいことが明らかにされています。これは意識的な偏りではなく、むしろ自然な探索行動の結果として生じるものです。

この傾向が組織の中で情報共有の形に反映されると、「うまくいっている例」や「想定どおりの成果」だけが報告・引用されやすくなり、逆の情報は黙殺される。つまり、構造的なフィードバックの偏りによって、確証バイアスが日常的な意思決定の形式として制度化されていくのです。

【出典】
※2 Raymond S. Nickerson (1998) Confirmation Bias: A Ubiquitous Phenomenon in Many Guises. Review of General Psychology
※3 Jonathan Klayman (1995) Varieties of confirmation bias. In Psychology of Learning and Motivation. Academic Press

確証バイアスは、単に「人の心の癖」ではなく、組織という仕組みの中で成功の物語と肯定的な情報伝達の仕組みによって再生産されています。

これを理解することは、営業やマーケティングの現場で新しい提案を通す際にも重要です。相手の思考がどのような成功体験や物語に支えられているのかを見極め、その前提を少しずつ動かす視点が求められます。

“確信を崩す”ではなく、“確信を活かす”提案へ

営業やマーケティングの現場で、確証バイアスを「相手の誤解」や「説得の障壁」として扱うことは少なくありません。しかし、相手が自社の方針や経験をもとに「こうあるべきだ」と信じるのは、むしろ自然な反応です。確証バイアスは人の思考の癖であると同時に、組織としての“信念”の支えでもあります。したがって、提案の出発点は「相手の確信を崩す」ことではなく、その確信をどう活かすかにあります。

確信は“抵抗”ではなく“前提”として扱う

確証バイアスを逆手に取る発想は、相手の立場を尊重するところから始まります。多くの提案は「現状を変えること」に焦点を当てがちですが、変化を促すにはまず現状を支える理由を理解する必要があります。そのための第一歩は、相手が「なぜ今のやり方を信じているのか」を丁寧に聞き取ることです。過去の成功体験や、社内で共有されてきた物語の中に、提案を受け入れる鍵が隠れています。

たとえば、既存の施策に強い自信を持っている相手に対して、「その方法ではもう通用しません」と正面から否定すれば、対話はすぐに閉じてしまいます。一方で、「その発想を別の領域に広げてみると、さらに成果が上がるかもしれません」と示せば、確信の延長線上に新しい発見を位置づけることができます。ここで重要なのは、確信を変えるのではなく、確信の“射程”を広げるという考え方です。

説得ではなく“納得”を設計する

提案の目的は「相手を説得する」ことではなく、相手が自ら納得できる構造をつくることにあります。Robert B. Cialdiniの著作※4では、人は自分の過去の判断や発言と矛盾しない行動をとりたがるとされます。したがって、過去の選択や信念と整合する形で示された提案ほど、相手は抵抗感を持たずに受け入れやすくなるのです。

この観点からすれば、提案とは「相手を動かす」ことではなく、相手の中にすでにある合理性を再構成する行為だといえます。相手の信念体系の中に新しい要素を組み込むことで、「変える」よりも自然に「広げる」ことができます。納得を促す構造とは、まさにその“再構成の設計”なのです。

【出典】
※4 Robert B. Cialdini (2009) Influence: Science and Practice. Pearson Education

“確信を活かす”構造的アプローチ

確証バイアスを前提にした提案は、単なる心理的テクニックではなく、構造の設計です。

つまり、相手の確信を「活かす余地のある文脈」に置き換えることです。

そのために有効なのが、次の三つの視点です。

共通の目的を軸に再定義する

相手が信じている価値観を「最終目的」に結びつけて再構成します。たとえば「コスト削減」を重視する組織なら、「効率化」ではなく「より多くの顧客価値を生むための最適化」として説明します。

相手の言葉を使って構想を提示する

新しい概念や指標を持ち込む前に、まず相手の語彙の借用です。「変革」よりも「改善」、「データ戦略」よりも「見込み客の理解」といった言い換えが、提案の受容度を左右します。

反証ではなく拡張で語る

相手の考えに「違います」と言う代わりに、「その発想を別の領域にも応用できる」と補います。これは、相手の信念を肯定しながら新しい行動を引き出すアプローチです。

確証バイアスを克服するのではなく、構造的に活用することが、組織の「確信」に挑むのではなく、「確信を味方につける」提案の第一歩です。

確証バイアスを前提にした情報設計

確証バイアスの特性は、単なる心理的傾向ではなく、情報の受け取り方そのものに影響を与えます。人は、自分の信念や仮説を裏づける情報を優先して受け取り、矛盾する情報を無意識に遠ざけます。この傾向が、提案や発信の場面では「相手が事実を見ていない」と感じられる原因になります。

ここでは、これまで見てきた Nickerson や Klayman の知見を踏まえ、確証バイアスを“前提条件”として活かす情報設計の考え方を整理します。発信側の目的は、相手の確信を崩すことではなく、その確信を出発点として理解を広げることにあります。

「情報の受け手」は常にフィルターを通して読む

確証バイアスは、人が自分の信念を裏づける情報を優先して受け取る傾向として現れます。そのため、組織に属する人が新しい情報に接するとき、その情報を単に読むのではなく、自社の前提を通して読む傾向があります。

たとえば「新しいアプローチが成果を上げている」という情報を目にしても、自社の業界や体制に合わないと判断すれば、その瞬間に“関係のない話”として処理されてしまいます。これは拒否ではなく、むしろ認知の自然な働きです。

Klayman が指摘したように、人は自分の仮説を確かめる方向に情報を選ぶ傾向があります。この心理が組織の情報受信にも働くため、情報発信者は「誤解を正す」よりも「理解される前提を整える」ことを優先すべきです。つまり、受け手の持つ前提を無視せず、その延長線上で新しい情報を配置することが鍵となります。

既存の確信を“土台”にする構成

確証バイアスを前提とした情報設計では、まず「相手がすでに持っている確信」を踏まえて構成を組み立てます。ここで重要なのは、“反論を出発点にしない”ことです。Nickerson の示したように、人は自分の信念と矛盾する情報を排除しがちです。そのため、「いまの考え方は間違っている」と冒頭で伝える構成は、相手の防御反応を強め、以降の内容が届きにくくなります。

効果的なのは、既存の確信を一度肯定したうえで、その延長線上に新しい見方を置く構成です。たとえば「現場経験を重視してきた」という価値観を持つ相手には、「その経験をデータで裏づけることで、より説得力のある判断ができる」という形で展開します。確信の“延長線”に新しい情報を重ねることが、受け手の理解を開く鍵になります。

“受け入れやすい構造”を設計する

人は自分の仮説を確かめる方向に情報を選びやすいという前提に立つと、情報設計では内容そのものよりも構造が重要になります。構造とは、情報がどの順番で、どのような関係で提示されるかということです。
たとえば次のような工夫が有効です。

1.前提を共有する導入を置く

相手がもつ価値観や課題意識に寄り添う導入を置くことで、「自分たちの話」として受け止められやすくなります。

2.“反証”ではなく“拡張”として提示する

新しい提案を、既存の方針を否定する形ではなく、その発展形として位置づけます。「これまでの延長にある変化」として語ることで、防御反応を減らせます。

3.比較ではなく関係性で見せる

「従来 vs 新しい」ではなく、「従来 × 新しい」として並べます。相手の信念を含んだ全体像の中で、新しい情報の位置づけを示すのです。

こうした構成は、Nickersonのいう「信念を裏づける情報を優先する傾向」に対応しながら、受け手が自分の信念と矛盾しない形で新しい情報を理解できるようにする設計です。結果として、「納得」に至るまでの心理的抵抗を最小限に抑えることができます。

情報設計の目的は「伝える」ではなく「解釈される」

確証バイアスを前提にした情報設計の本質は、情報の意味をどう“解釈されるか”まで設計することにあります。Nickerson や Klayman が示したように、人は、自分の信念を補強する情報を求めやすく、矛盾する情報を無意識のうちに遠ざけてしまいます。その前提に立つと、どれほど論理的な内容であっても、相手の理解を得るためには「どのように届けるか」という設計が欠かせません。

したがって、発信者の役割は「伝えること」ではなく、「理解されるための土台を整えること」です。この視点に立てば、確証バイアスは克服すべき障害ではなく、相手の理解プロセスを設計するうえでの前提条件になります。人は自分の確信を守ろうとします。だからこそ、その確信の中で届く形に整えることが大切です。それが、情報発信における確証バイアスの「使い方」なのです。

まとめ

確証バイアスは、相手を“説得しにくくする壁”として語られがちですが、実際には、人が情報を理解する際のごく自然な前提です。人は自分の信念や経験を通して情報を解釈し、矛盾する内容を無意識のうちに遠ざけてしまいます。そのため、提案や発信の目的は、相手の考えを否定することではなく、相手の確信を出発点にして新しい理解へ導くことにあります。

Nickerson が示したように、人は信念を補強する情報を優先し反証となる情報を軽視する傾向があります。また Klayman が指摘するように、人は自分の仮説を確かめる方向に情報を選びがちです。こうした前提を理解すれば、提案や情報発信において「伝わらない理由」は、相手の抵抗心ではなく人の認知構造の自然な働きにあることが見えてきます。

情報を届ける側にできるのは、この前提を踏まえた設計です。相手の確信を否定せず、既存の考えを土台にして新しい視点を添えていくことが大切です。それによって、相手が自ら納得できる理解のプロセスを形づくることができます。
人は自分の確信を守ろうとします。だからこそ、その確信の中で届く形に整えることが大切です。それが、情報発信における確証バイアスの「使い方」なのです。

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