2025-10-28

数字が語らない“選ばれない理由” ― データの外側にある判断をどう見極めるか

BtoB 営業・マーケティング コラム

営業やマーケティングにおいて、データは今や判断の基盤になっています。しかし、数値がどれほど精緻になっても、「なぜ選ばれなかったのか」という問いに明確な答えが得られないことがあります。この記事では、データが示しきれない“選ばれない理由”にどう向き合うかを考えます。

データが語らない“空白”をどう読み取るか

営業やマーケティングの現場では、数値を軸にした判断がすっかり定着しました。アクセスログや商談履歴、メールの開封率など、かつて見えなかった行動がデータとして手に取るようにわかるようになりました。こうした可視化は確かに精度の高い意思決定を支えています。

しかし、その数値のどこかには必ず「語られない部分」があります。顧客がなぜ反応しなかったのか、なぜ比較検討から外れたのか――その理由は、データの外側に存在します。データは「起こったこと」を記録するものですが、「起こらなかったこと」については沈黙したままです。

Harvard Business Reviewの記事(2024年3月)によると、リーダーは「データが行動すべきでないと告げている時」にこそ動く必要があると指摘されています。筆者は、リーダーが判断の根拠としてデータを待ち続ける状況を「data paralysis(データ麻痺)」と呼び、情報が揃う頃にはすでに機会を逃していると述べています。データが「まだ動くな」と示す局面こそ、行動の差が生まれる瞬間だという逆説的な主張です。つまり、データが沈黙している時期にこそ、仮説と経験をもとに動けるかどうかが成果を左右するのです。

また、Outlier AIとIncisivの共同調査では、約70%の企業が「データを保有していながら変化に気づけなかった」と報告されています。これは、データの有無ではなく、その“解釈の空白”こそが意思決定を鈍らせる原因であることを示しています。

さらに、Harvard Business Reviewの記事(2024年9月)でも、データ主導の判断は“前提のすり替え”や“解釈の偏り”を伴いやすいとされています。数値の正確さだけではなく、それが語っていない部分――つまり空白をどう想像するかが重要なのです。

データの価値は、その多さではなく、沈黙している部分にどう向き合うかで決まります。可視化された範囲の外側にどんな背景があるのか。その問いを持ち続けることこそが、次の戦略を導くための出発点となるでしょう。

オンライン施策では難しい役職層にアプローチ!|ターゲットリスト総合ページ

“選ばれない理由”は数値ではなく文脈にある

企業の多くは、顧客の行動や購買の傾向を把握するためにデータを整備してきました。数値があれば、判断はより客観的になり、意思決定のスピードも上がる――それ自体は間違いではありません。

しかし、数値が整っても「なぜその選択に至らなかったのか」という理由までは見えてこないことがあります。そこにあるのは、データの不足ではなく文脈の欠落です。

前章でも触れたHarvard Business Reviewの記事(2024年3月)によれば、データはあくまで「出来事の記録」にすぎず、人を理解するには「その出来事が生まれた背景」を知らなければならないといいます。購買履歴やアクセス数といった数値は、行動を外側から観察した結果にすぎず、その行動を引き起こした動機や前提を語るものではないのです。

たとえば、商談で見送られた理由が価格設定や機能差にあるように見えても、実際には「説明の順序が腹落ちしなかった」「話し手の姿勢に温度差を感じた」といった定量化されない要素が判断を左右している場合があります。

MIT Sloan Management Reviewの記事は、こうした“数値に表れない要因”を軽視する危うさを指摘しています。ここでは、分析やビッグデータが問題を解決してくれると考えるのではなく、人間が何を知りたいのか、どんな判断を下したいのかという「問い」から出発し、データをその補助として活用する発想が重要だと述べられています。

つまり、数値をどう読むかよりも、その数値が何を語っていないかに目を向ける必要があるということです。数値の正確さだけではなく、それが語っていない部分――つまり空白をどう想像するかが問われます。

可視化できない“感情の証拠”をどう扱うか

どれほど整ったデータがあっても、そこに映らない“感情の証拠”があります。商談での一瞬の沈黙、文面の語尾に感じるためらい、提案後のわずかな温度差――。数値化できないこうした揺らぎをどう扱うかが、営業やマーケティングの質を左右します。

Harvard Business Reviewの記事(2023年12月)では、現代のマーケターが「情報(information)」を「親密さ(intimacy)」と取り違えていると指摘しています。アクセス数や購買履歴といったデータは行動の記録にすぎず、人の内面そのものを映すものではありません。著者は、顧客を真に理解するためには、より深い関係性(deeper relationships)を築くことが不可欠だと述べています。これはつまり、データの背後にある文脈や感情を考慮できなければ、顧客理解は一面的にとどまるということです。

一方、前章で挙げたMIT Sloan Management Reviewの記事では、データ分析の出発点を「どの意思決定を支えるのか」に置くべきだと述べています。分析の目的を定めず手元のデータから答えを導こうとすると、誤った問いに答えてしまう危険がある一方、意思決定の目的を先に明確にすれば、どんなデータが必要か、どんな要素を加味すべきかが見えてきます。そしてその「要素」には、数値化できない感情や状況の文脈も含まれます。判断の前提にそれらを含めることで、分析結果が現実の行動とより強く結びつくのです。

“感情の証拠”とは、データの外側にあるノイズではなく、意思決定を支えるもうひとつの情報層です。データを使いこなすとは、数値を読むことだけでなく、その数値が語りきれない部分を想像し補うことだと言えます。

「データを読む力」から「データを補う力」へ

データを「読む力」は、これまで営業やマーケティングの基礎とされてきました。数値を分析し、傾向を把握し、次の一手を考える。多くの現場で磨かれてきた力です。しかし、いま問われているのは、その先にある「補う力」です。

“補う”とは、データを疑うことではなく、データが示せない部分を想像し、現実に引き戻す力です。数値の増減には理由があり、その多くはデータの外側にあります。顧客がなぜその選択をしたのか、どんなきっかけで行動に至ったのか、どんな抵抗感を抱いていたのか。それらを想定せずに数値だけを見ていると、表面的には理解できているようで、実際には重要な変化を見落とすことがあります。

営業現場でも、数字上は「関心が高い」と見える相手が実際には慎重だったり、逆にデータ上は目立たない相手が急に前向きに動くことがあります。この“ズレ”を修正できるのが、データを補う力です。その根底にあるのは、「なぜそうなったのか」を考える姿勢です。つまり、仮説を立てる思考です。

数値を読む力は、過去を整理するために役立ちます。一方で補う力は、未来を予測し、次の打ち手を導くためのものです。数字の整合性だけでなく、その背後にある人の動機や感情を想像し、判断に反映させます。そうすることで、データ分析だけでは到達できない現場のリアリティが生まれます。

“読む”と“補う”の違いは、観察と解釈の違いでもあります。観察が「何が起きたか」を捉える行為だとすれば、解釈は「なぜ起きたか」「これから何が起きうるか」を考える行為です。数字の正確さだけでなく、その空白をどう想像するかといった作業はデータ処理では代えられず、人の手をかけて考える領域として残り続けます。

まとめ

営業やマーケティングでは、「なぜ選ばれたのか」を分析することが重視されてきました。受注の背景や成功要因を振り返り、再現性を高めるための取り組みです。しかし、商談のプロセスが対面中心だった時代に比べると、現在はオンラインで検討が進むことが増えています。その結果、「なぜ選ばれなかったのか」を明確に把握することが難しくなっています。

提案内容や価格の問題だけでなく、タイミング、情報への信頼度、担当者への印象など、複数の要因が重なって結果が決まります。商談が非対面で進むいま、これらの要素は数値として記録されにくくなっています。失注の理由を単純に分類するだけでは、本質的な学びにはつながりません。大切なのは、データに現れない違和感や判断の揺らぎに目を向けることです。

例えば、問い合わせ件数や資料ダウンロード数が変わらなくても、商談化率が下がることがあります。数値上は「変化なし」と見えても、相手の期待や関心の軸が変化している場合があります。こうした変化を見極めるには、データ分析よりも文脈の読み取りが求められます。数値の裏にある「なぜ今は響かないのか」を考えることが、次の打ち手を見つける出発点になります。

選ばれなかった理由をたどることは、顧客の意思決定における境界線を知ることでもあります。どの段階で関心が離れたのか、どんな情報が比較の軸になったのかを検証すれば、次の接点づくりに活かせます。失注分析を反省材料としてではなく、探索のデータとして扱うことで、見えなかったニーズや新しい価値の手がかりを得ることができます。

数字の正確さだけでなくその空白をどう想像するかという作業は自動化では代えられず、人が手をかけて考える領域として残り続けます。そして、この積み重ねこそが「選ばれる理由」を静かに更新していくはずです。

https://hbr.org/2023/12/you-need-more-than-data-to-understand-your-customers 他の企業リストにはない部門責任者名を掲載|ターゲットリスト総合ページ