2025-10-30

“見慣れた存在”はなぜ信頼されるのか ― 単純接触効果に学ぶ印象のつくり方

BtoB 営業・マーケティング コラム

営業・マーケティングの世界では、「接触回数を増やすこと」が成果につながるという考えが根強くあります。しかし、心理学が示す単純接触効果は、“回数”ではなく“馴染み”が信頼を生むことを教えてくれます。人は何度も見たから好きになるのではなく、「自然に思い出せる」存在に好意を抱くのです。企業が信頼を築くうえで、この“馴染みの設計”は何を意味するのでしょうか。

人は“見慣れたもの”を好む ― 単純接触効果の原点

人は、何かを繰り返し目にするうちに、次第にそれを「良いもの」と感じやすくなる傾向があります。心理学ではこれを「単純接触効果(mere exposure effect)」と呼びます。初めて目にしたときには特に関心を持たなかった対象でも、時間を置いて何度か触れるうちに、知らず知らずのうちに安心感や親近感を覚えるようになるのです。

この効果を体系的に明らかにしたのが、アメリカの心理学者 Robert B. Zajonc による研究※1です。1960年代に行われた実験では、被験者に無意味な文字や顔写真などを複数回見せると、回数が増えるほど「好ましい」と感じる傾向が強まることが示されました。

この現象の背景には、「知らないものに対する警戒心を避けたい」という人間の本能的な心理があると考えられています。私たちは未知の対象に接するとき、無意識にリスクを測り、安全かどうかを判断しようとします。繰り返し目にするうちに「これは危険ではない」と脳が判断すると、次第にその対象に対する抵抗感が薄れ、好意や信頼に近い感情が芽生えるのです。

つまり単純接触効果とは、「慣れ」が「好意」に転じるプロセスのことです。人は情報を評価するとき、内容そのものよりも「どれだけ見慣れているか」「どれだけ違和感を感じないか」といった心理的要素を重視する傾向があります。この“違和感のなさ”こそが、信頼の土台をつくる重要な手がかりになります。

企業の営業や広報活動においても、この心理は無視できません。顧客は、特定の企業名や担当者の顔を何度も目にするうちに、「よく見かける会社」「よく名前を聞く人」として、安心して話を聞ける相手と認識しやすくなります。そこに明確な説得や強い訴求がなくても、接触の積み重ねそのものが信頼感を形づくっていくのです。

一方で、この効果は「回数」だけで自動的に生じるわけではありません。Zajonc 自身も指摘しているように、単純接触効果は「不快な体験」が伴う場合には働きにくく、むしろ逆効果になることがあります。つまり、接触のたびに少しずつ「良い印象」として記憶に残ることが前提であり、その“質”が全体の印象を決定づけます。

単純接触効果の本質は、“繰り返し見せる”ことではなく、“繰り返し安心させる”ことにあります。相手が違和感なく受け取れる頻度と内容で接点を設計し、少しずつ「知っている存在」へと変化していく――この心理的な移行こそが、後に信頼関係を築くうえでの出発点になるのです。

【出典】
※1 Robert B. Zajonc (1968). Attitudinal Effects of Mere Exposure. Journal of Personality and Social Psychology

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“回数”を重ねても印象が残らないのはなぜか

単純接触効果が働く条件は、「繰り返し触れること」そのものではありません。現代の情報環境では、むしろ“回数”だけを重ねても、印象に残らない接触がほとんどです。多くの企業が定期的な情報発信や広告露出を続けているにもかかわらず、顧客の記憶に残らない理由は、この「接触の質」にあります。

アメリカの心理学者 Robert F. Bornstein は、1968年から1987年までに行われた単純接触効果の研究を統合的に分析し、「同じ刺激を繰り返し目にするほど好意を持ちやすくなるが、その反応はやがて弱まる」ことを明らかにしました※2。この研究は、単純接触効果の成立条件を数量的に示した代表的な分析として知られています。

Bornstein の分析によれば、人は同じ刺激を繰り返し受けるうちに、当初の反応が次第に鈍化していきます。これは「馴化(habituation)」と呼ばれる心理現象で、脳がその刺激を「新しい情報ではない」と判断し、注意を向けなくなるためです。つまり、同じ内容や形式での接触を重ねても、脳はそれを“既知のもの”として処理し、印象形成が起こりにくくなるのです。

たとえば、メルマガや営業資料、ウェブ広告などのトーンや構成が常に同じであれば、受け手は次第にその情報を「いつものもの」として認識し、ほとんど注意を払わなくなります。これは、単に興味が薄れたというより、脳が“反応を節約している”状態です。情報過多の時代では、この傾向が一層強まります。結果として、“見たことがある”という接触は記憶には残らず、“印象として残る”体験でなければ、心には届きません。

このように、接触の数だけを増やしても、印象形成が進むとは限りません。むしろ、慣れが「飽き」に変わるリスクすらあります。だからこそ、営業やマーケティングにおいて本当に問われるのは、“何回届けたか”ではなく、“その都度どんな印象が残ったか”です。人は情報の中身を細かく覚えていなくても、“そのときの感情”は比較的長く記憶しています。そこに好意的な印象がなければ、いくら回数を重ねても信頼にはつながりません。

【出典】
※2 Robert F. Bornstein (1989). Exposure and Affect: Overview and Meta-analysis of Research, 1968–1987. Psychological Bulletin

一貫性が生むのは“理解”ではなく“親近感”

単純接触効果が「繰り返し触れることで安心感が生まれる現象」であるならば、その“安心感”を支えるのは、見せ方と語り方の一貫性です。人は、同じ対象に何度も触れるうちに「これは知っている」「予想できる」と感じるようになります。この“予測可能性”こそが、心理的な安定をもたらす鍵となります。

心理学者のDaniel Kahnemanは、人の意思決定には「直感的で速い思考(System 1)」と「論理的で遅い思考(System 2)」があるとし、前者は“馴染み”に大きく依存すると述べています※3。つまり、人は見慣れた形式や語り口に触れると無意識的に安心し、警戒を解くのです。逆に、接触のたびにトーンやデザインが変わると、“同じ相手からの情報”として認知されにくくなります。

この「一貫した認知の形成」は、営業や広報活動でも極めて重要です。たとえば、メールの署名やタイトル、資料のデザイン、投稿文の語彙の使い方などが統一されていると、相手の脳は「この情報はあの会社のものだ」と即座に識別できるようになります。これは、単にブランドガイドラインを守るという話ではなく、「情報の出どころに対する認知負荷を下げる」という心理的効果です。

逆に、一貫性のない情報発信は、単純接触効果の積み重ねを自ら打ち消してしまうリスクをはらみます。たとえば、同じ企業から届くメッセージでも、日によって文体が違い、扱うテーマもばらばらであれば、「何を伝えたいのか」「どういう姿勢の会社なのか」という印象が曖昧になります。これは接触の量が増えても、“馴染み”を形成しにくい状態です。結果として、受け手は個々の接点を“別々の刺激”として処理し、記憶の中で統合されません。

先に挙げた Bornstein が指摘するように、人は同じ刺激に繰り返し触れるうちに安心感を覚え、やがてそれが好意の基盤となります。つまり、一貫性が生むのは、情報の「理解」ではなく、「親近感」です。人は完全に理解できない内容でも、繰り返し同じ調子で語られるうちに、“この会社の言うことはいつも落ち着いている”“トーンが変わらないから安心できる”と感じるようになります。これは信頼の初期段階で極めて重要な作用です。特にB2Bの関係では、理屈よりも“安心して話せる相手かどうか”が接点の成立を左右することが少なくありません。

一貫した発信とは、「どんなときも同じことを言う」ことではなく、「どんなテーマでも同じ姿勢で語る」ことです。見せ方や語り口の統一は、単純接触効果を“量”から“印象”へと昇華させる仕組みであり、顧客が「見慣れている」と感じる感覚を積み重ねることで、やがて“信頼できる”へと変化していきます。

【出典】
※3 Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux

“接触の質”を高める情報設計 ― 記憶に残る馴染ませ方

単純接触効果を営業や広報の現場で活かすには、「どれだけ接触したか」ではなく、「どのように接触を記憶に残すか」という設計が必要です。ここでいう“接触の質”とは、相手の記憶の中で自社や担当者がどのように位置づけられるか――つまり、相手の脳内に「馴染んでいる存在」として残るかどうかを指します。

心理学者の Gordon H. Bower は、感情が記憶ネットワークの結合を強め、気分と一致する情報を想起しやすくすることを示しました。これは「気分一致効果(mood-congruent recall)」として知られ、感情が記憶検索の手がかりとなることを明らかにしています※4。営業やマーケティングの接触も同様に、相手にとって「感じがよい」「安心できる」という印象が一貫して残れば、情報の細部を忘れても、その印象だけは記憶に残りやすいのです。

そのため、接触設計の第一歩は「内容」よりも「印象の持続性」を意識することです。メールの文面、セミナーの案内、資料のトーンなど、それぞれが単発で完結するのではなく、全体として「この会社はいつも落ち着いている」「伝え方が丁寧」と感じられる状態を目指すべきです。これは、情報を流す回数を増やすこととは異なり、接触ごとに“微細な肯定体験”を積み重ねていく発想です。

また、心理学者の Nicholas J. Cepedaらによる研究では、「間隔効果(spacing effect)」と呼ばれる現象が確認されています。情報を一定の間隔を置いて提示すると、記憶の定着率が高まるというものです※5。これは、情報を受け手が一度忘れかけた頃に再び提示することで、記憶が再活性化されることを意味します。営業や広報の接点設計でも、短期間に詰め込むより、「少し間を置いて再び思い出される」タイミングで接触する方が、安心感や好意を呼び戻しやすいのです。

さらに、“記憶に残る馴染ませ方”には、接触内容の一貫性と変化の両立が求められます。完全な反復では飽和を招きますが、毎回異なるテーマに寄りすぎても「同じ相手からの情報」として認識されにくくなります。たとえば、共通の語り口や構成(挨拶→要点→締め)を保ちながら、扱うトピックだけを変えるといった設計が効果的です。これにより、脳は「既知の構造」と「新しい刺激」を同時に処理しやすくなり、“馴染みながら新鮮”という印象をつくり出せます。

つまり、“接触の質”を高めるとは、相手に「思い出せる余地」を残すことです。記憶は鮮烈な情報よりも、安心して思い出せる情報のほうが定着します。強い訴求よりも、違和感なく受け取れる一貫した接触の方が、結果的に“覚えられる存在”として残ります。こうして築かれた“馴染み”は、単なる認知ではなく、信頼の手前にある心理的な安定感を支える土台となるのです。

【出典】
※4 Gordon H. Bower (1981). Mood and Memory. American Psychologist
※5 Nicholas J. Cepeda, Harold Pashler, Edward Vul, John T. Wixted & Doug Rohrer (2006). Distributed Practice in Verbal Recall Tasks: A Review and Quantitative Synthesis. Psychological Bulletin

まとめ

人は何かを信頼するとき、まず「知っている」という感覚から始まります。見慣れた名前、よく目にするロゴ、何度か読んだ文面――そうした“馴染み”の蓄積が、相手への警戒を解く最初のきっかけになります。単純接触効果が示すように、人は繰り返し接するものに自然と好意を持ちやすく、それが信頼の前提となる安心感を生み出します。

ただし、その“繰り返し”は単に回数の問題ではありません。何度見ても印象が残らない場合は、接触の「質」に問題があります。人の記憶は、意味の理解よりも、感情を伴った印象として残りやすいものです。情報の細部は忘れても、「落ち着いている」「誠実そうだ」といった感情的な印象は、長く記憶の中にとどまります。こうした印象の一貫性が、安心感を積み上げる土台になります。

また、接触の「間の取り方」も重要です。短期間に繰り返し発信するより、少し時間を空けて再び届けるほうが、受け手の記憶を呼び戻しやすいことが知られています。人は、一度忘れかけた情報を再び思い出すことで、記憶をより強固にします。営業や広報でも、絶え間なく押し続けるより、“少し間を置いて思い出してもらう”ような設計のほうが、自然な安心感や親近感を生み出すのです。

これらの知見が示しているのは、信頼の形成が理屈や情報量の多寡ではなく、心の中で“馴染む”過程によって支えられているということです。人は、論理よりも“馴染み”に近い存在に心を開きます。だからこそ、企業や担当者の情報発信は、説得や新奇性を狙うよりも、安心して受け取れる一貫性を重ねることが重要です。

つまり、“馴染み”が信頼に変わる瞬間とは、相手の心の中で「この情報は知っている」「この会社はよく見かける」と感じる境界を越えたときです。その時点で、相手にとってあなたは“情報の発信者”ではなく、“覚えている存在”になります。信頼はその延長線上にあり、単純接触効果の本質もそこにあります。

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